現在、日本社会が抱える課題のひとつが、「イノベーションを起こせる人材育成」だ。この難問に正面から取り組むことで、成果を挙げている高校野球部がある。神奈川の名門、慶応義塾高校だ。
1916年夏に第2回全国高校野球選手権を制した慶応高校(当時は慶応普通部)は、100年後の現在も実力校として知られている。甲子園の通算出場回数は、春が6回、夏が16回。2005年には45年ぶりに春の甲子園出場、08年には46年ぶりに夏の全国大会まで駒を進め、いずれもベスト8進出を果たした。
「エンジョイ・ベースボール」の意味
横浜を筆頭に東海大相模、桐蔭学園、桐光学園などそうそうたる強豪がひしめく神奈川にあって、慶応は一目置かれる存在だ。2013年には夏の神奈川大会でベスト8進出を果たすと、秋季大会では優勝校の横浜と準々決勝で激突し、5対6の接戦を演じた。
幼少の頃から勉強に明け暮れてきた慶応生が、なぜ、野球エリートと伍して戦うことができるのか。その背景には、慶応伝統の「エンジョイ・ベースボール」という考え方がある。
「いわゆる修行みたいな、暗い道を通り抜けてゴールにたどり着くという考え方とは少し違う」
そう説明するのが、1991年に監督就任した上田誠だ。大正時代から受け継がれるこの方針について、「エンジョイ」という言葉の響きだけでイメージすると、本質を見誤る。
「前段階や経緯は、『エンジョイ・ベースボール』も修行と同じです。苦しいことをしたり、つらいことに耐えていかないと、なかなか楽しいことには行き着かない。でも、しかめ面でやる必要はない。たとえば股間にボールが当たったら、ゲラゲラ笑ってもいい。試合中に、くだらない冗談を言うヤツがいてもいい。僕が言い間違えたら、ネタにする選手がいてもいい。そうすれば、野球をしていて楽しいじゃないですか。それが決してふまじめだとは思わない。学生には『修行僧みたいな顔をしてやるのが、スポーツではない。本来はもっと明るく、楽しいものじゃないの?』といつも話している」
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