世界のどの宗教にも共通する3つの大事な役割 社会の主流は動かさないが機能は続いている

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今日、先進国においては、宗教は社会の主流を動かす力にはなっていません。

それでもそれはおおむね次のような形で、今日でも機能を果たし続けています。

(1)文化の基層として

社会が科学の成果を大々的に取り入れるようになってまだ数世紀もたっていません。宗教は思想、語彙、習慣の形で文化の基層を成しています。

日本人は仏教の教理を大方忘れていますが、それでも欧米人に比べたら仏教的あるいは儒教的な発想法をもっています(修行・修業を強調し、世界を建設的というよりも無常観で眺める傾向があり、先輩後輩などの序列を重んじる、など)。

欧米人の中にはもはや教会に行かない人も多いのですが、しばしばキリスト教的なところを見せつけます(慈善を重んじ、キリスト教の終末待望を受け継ぐ、未来のユートピア建設への希望をもっている、など)。

基層文化というのは侮れない力をもっているからこそ、個人的には無宗教だと思っている人々も、宗教の歴史や教えを教養的に学ぶ意味があるわけです。

復古的な宗教はもはや絵に描いたモチ

(2)かつての宗教的機能の部分的供給として

重病や絶対の貧困など苦境にあえぐ人々は、精神的な最後の砦として奇跡に頼る権利があるでしょう。また国家や企業経済がまともに機能していないところでは宗教の互助的な働きは今日でもありがたいと言えます。死んだらどうなるのか、人生の究極的意味は何かなど、合理的には答えを出すことのできない問いに関して、宗教の説明を受け入れる人がつねに存在し続けるでしょう。

伝統的宗教は、人間の生産性の低かった古代・中世に生まれ、その社会に適応したものですから、基本的に自制や犠牲の徳を説き、物質的な追求よりも心の平安を目指すことを提唱しています。そうした教えそのものは、今後も有効だと思われます。

とくに、地球の大改造を続けてきた近代社会が地球温暖化という大変な難題を抱え込む結果になった21世紀の今日、「欲望が本質的な解決をもたらさない」という宗教の本質的洞察は意味をもってくるはずです。また、東洋宗教の瞑想技術などは、厳しい現実の冷静な観察には有効でしょう。

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もちろん、宗教が今後とも有効であろうというのは、あくまでも部分的な話です。古代・中世の人々のような、宗教こそが―病気治しや雨乞いから日々の生活指針、社会秩序や王権などの正当化、自然や社会に関する学問的説明までの全体に及ぶ―包括的な真理であるという思考法は、この数百年の間に実質的にほとんど力を失いました。

過去の幻想にとらわれている過激な復古主義者(イスラム教やキリスト教などの宗教原理主義者)といえども、その幻想を復興するために、近代兵器を用い、ネットなど現代的情報テクノロジーで無知な若者の勧誘に狂奔しています。それによってさらに伝統宗教の供給してきた分別、知恵、精神的鍛練は損なわれつつあります。

復古的な宗教はもはや絵に描いたモチでしかありえないでしょう。

中村 圭志 宗教学者

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なかむら・けいし / Keishi Nakamura

1958年北海道小樽市生まれ。北海道大学文学部卒業、東京大学大学院人文科学研究科博士課程満期退学(宗教学・宗教史学)。著書に『教養としての宗教入門』『聖書、コーラン、仏典』『宗教図像学入門』(ともに中公新書)、『教養として学んでおきたい5大宗教』、『教養として学んでおきたいギリシャ神話』(ともにマイナビ新書)、『24 の「神話」からよむ宗教』(日経ビジネス人文庫)、『人は「死後の世界」をどう考えてきたか』(角川書店)、『聖書、コーラン、仏典』『西洋人の「無神論」 日本人の「無宗教」』(ともにディスカヴァー・トゥエンティワン)など多数。

 

 

 

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