半世紀前の日本にあった「理想郷」のすごみ 500年以上継承されてきた黒川能とは何か

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黒川能は年齢階梯制がベースにあり、毎年上座、下座で各1人、頂点に立つ「当屋頭人」は最高齢の男性。候補者が同じ歳なら誕生日が早いほう、生年月日が同じなら父親が年上のほうなど、公平な決まりがあります。ですから、歳を取っていくことは嫌なことではない。「年寄り」といって敬われるのです。

黒川村のような見事な社会システムはそうはない。村人の暮らしぶりを見て、私はここを「理想郷(ユートピア)」だと思いました。

伝統を継承し、保存していくうえで重要なのは

──1966年2月号の「雪国の秘事能」で、観光客が増えたそうですね。

雑誌発売後の王祇祭に観光客が押し寄せました。そこで、抽選が取り入れられました。

『黒川能 1964年、黒川村の記憶』(書影をクリックするとアマゾンのサイトへジャンプします)

気になるのは、最近の観光客がブログなどで「(玉串料として)5000円も取られた」と書いていること。日本人は祭りをタダだと思っている。その土地で生きる人々が、彼らの神様のために準備をしたお祭りを垣間見、時にはお酒や食事をごちそうになる。その感謝を土地の神様に捧げる気持ちになれないものでしょうか。

もっとも、夜を徹して能を5番、狂言を4番行う王祇祭に、興味本位の観光客はそう来ません。問題なのは、全国各地の伝統的な祭りに観光客が押し寄せて、祭りの形や地元の生活が脅かされていること。伝統を継承し、保存していくうえで大事なのは、その成り立ちを理解し、侵さないことです。

──今年は2度目の東京五輪です。

今回の五輪もまた、問題を抱えている日本の状況から目をそらそうとしているように感じます。「おもてなし」という言葉も、どこか落ち着きが悪い。黒川の人が「いつでも来てくれの。何のもてなしもできねえが」と言うとき、真(まこと)の温かみがあります。

黒川の人々からは、何事にも手を抜かず、自分の体を動かすことの大切さを学びました。今回の五輪はIT活用が強調されていますが、では人間の頭や手足は何に使うのでしょう。1冊の美しい本ですら「紙媒体」と呼ばれる時代だからこそ、丁寧にめくって読んでいただければと思います。

印南 志帆 東洋経済 記者

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いんなみ しほ / Shiho Innami

早稲田大学大学院卒業後、東洋経済新報社に入社。流通・小売業界の担当記者、東洋経済オンライン編集部、電機、ゲーム業界担当記者などを経て、現在は『週刊東洋経済』や東洋経済オンラインの編集を担当。過去に手がけた特集に「会社とジェンダー」「ソニー 掛け算の経営」「EV産業革命」などがある。保育・介護業界の担当記者。大学時代に日本古代史を研究していたことから歴史は大好物。1児の親。

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