単なる取材ルポではなく物語を描きたいと思いました。目に焼き付け、耳の底に音を響かせ、匂いと味を覚えて、五感をフルに働かせ、第六感で神の気配を感じた、それを文章にしたのです。そして、その後も毎年のように黒川村を訪れたので、理解が深まり、記憶が熟成されていったのだと思います。
「能」というのは、あの世の人がこの世に出てきて、恨みつらみや生前の愛の記憶をよみがえらせる。本書も同様に村人の肉声をよみがえらせたかった。村人の言葉はカギ括弧を使わず“──”の後に続けました。その場、その時だけではない、100年前にも交わされていたかもしれない会話を表現したいという意図があったからです。
もちろん、祭りの詳細、例えばごちそうのゴボウは何貫、大豆は何俵用意といった具体的なことは村に問い合わせ、当時の記録を確認し、また1から教わりました。ある人からは「電話が100回もかかってきた」とあきれられました。世代交代をしていても、どなたも丁寧に対応してくれて、うれしいことでした。
初の五輪控えたお祭り騒ぎに違和感
──平凡社に入社して3年目、初めて任された大特集で、なぜ黒川能をとり上げたのですか。
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