“世の中から病気をなくしたい”という思い
これまで湧永の社長就任までの道のりを辿ってきたが、そもそも湧永はどんな思い(志)を実現したいと考えているのだろうか。
幼いころから、家庭で父や祖父が研究者たちとともにする病気や医薬品開発の話を聞く機会が湧永にはあったという。
それを聞きながらいつの間にか「世の中から病気をなくしたい」「病気で苦しんでいる人の役に立ちたい」という強い思いを持つようになっていった。
20代は社長になるための修行、つまり自らの能力開発に必死だったが、30代に入って、この思いを実現できる企業にしていきたいと明確に思うようになった。
通常、志の成長過程には、志の「自律性が高まる」もしくは「社会性が高まる」の2つの方向性がある(第一回連載参照)。
一般的に、医薬医療従事者は「社会性が高まる」志に発展していく傾向にあるが、湧永の場合、「世の中から病気をなくしたい」という「社会性が高まる」思いをイメージしながらも、まずは社長になるという「自律性が高まる」思いを実現させるという過程を辿ったのだ。
そしていよいよ「世の中から病気をなくしたい、それに資する医薬品を恒常的、継続的に研究開発できる企業にしたい」という具体的な思いへと発展させていっているのが現在の状況である。
湧永の思いが「社会性が高まる」方向に具体的に発展していったきっかけは、「オーナー企業の利益は誰のものか?」を考え抜いたことにある。
企業は株主のものという考え方がある。その理屈に従うなら、上場していないオーナー企業の利益はオーナーのものとなる。
しかし、湧永は「それによって贅沢な暮らしがしたいわけではない」と考えたのだ。社員の生活は維持しながらも、恒常的、継続的に「世の中から病気をなくす」ための研究開発に投資したいという思いが湧きあがってきた。
このような思いはファイナンス的な観点からみれば採算が合わないということもあるかもしれないが、それがビジネスとして意味がないとは思わなかった。自分の社長の任期が5年といった短いスパンのものではなく、企業の10年、20年、30年後という将来を見据えたものをイメージしなければならなくなったとき、単に売上を上げるだけでなく、利益をどう社会に還元していくかという発想に切り替わり、自分の目指すべき方向、会社として目指すべき方向が見えてきた。
もともとあったぼんやりとしていたイメージを言葉にしながら、社内での経験を積みながら、はっきりとさせていった。今は自分が後身にバトンタッチするとき、どんな企業であるべきかもイメージしているという。
この思いを実現するために、湧永は、まず現状の本業を鍛え筋肉質の企業にすることが先決だと考え、現在様々な改革に取り組んでいる。
▼田久保の視点
そもそも、会社の何十年先をイメージして、今、何をすべきか、を考えることは非常に難しく、実行に向けて活動することはさらに大きな困難が伴う。オーナー企業だからというところで、思考停止せず、自分自身は「自らの所属する企業について長期のスパンで様々なことを考えようとしているか」という問いを立ててみるだけでも価値はあるはずだ。
志を育てていく方向に良い悪いはない。社会性が低いまま、自分の能力開発に長い時間をかける人もいる。逆に自律性は低いまま、社会性の高い仕事に取り組む人もいる。自律性と社会性を同時に高めていく人もいる。大切なのは「自分らしい」志を、「自分らしい方法」で育てていくことなのだ。
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