過労死ラインを超える「共働き育児」のリアル 職場でも家庭でも働きつづける親たちの疲弊

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このようにワーキング・マザーは、自らの職業上の仕事(ファースト・シフト)が終わった後に、家庭でこまごまとした仕事(セカンド・シフト)を同時並行で多数こなす。予定どおりにいかないことを織り込み済みで一応の予定を立て、臨機応変のリスケジュールを繰り返している。そのさまは千手観音がすべての手を使ってジャグリングを回し続けるイメージに近い。

働く母親たちはジャグリングを回し続けられるように細心の注意を払っているが、子どもたちは天真爛漫に、たやすくそれを落としに来る。簡単な料理を作るにも、その都度作業の中断が入る。沸いていない麦茶の例でもみたように、作業を中断したことでうっかりミスや失敗につながる。

ここには母親たちの嘆息やいら立ち、徒労感、諦め、泣きたい気分や投げ出したくなる気持ちなどがついて回る。育児しながらの家事・家事しながらの育児は、高度な感情労働である。

昼夜問わず働くママたちに「過労死」の懸念も

Aさんの1日の総「労働時間」をざっと算定してみる。午前9時から18時までの第1の勤務、そこから第2の勤務を経て子どもたちを寝かしつける22〜23時ごろまで、そして翌朝の4〜6時半頃までを「残業時間」とすると、計14〜16時間ほどになる。過労死の労災認定基準である「1日4時間の超過勤務・12時間労働」を優に超えている。

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Aさんの睡眠時間は平均して4〜5時間だという。最近どことなく体調がすぐれない日が多く、慢性的な頭痛や婦人科系の不調に悩むようになっている。ワークもライフもどちらも充実させたい、そのための努力も惜しまないワーキング・マザーは多いが、今後10年ほどの間に、ワーキング・マザーの「過労死」が顕在化するのではないかと考える。

仕事と家事と子育ての3つが掛け合わさったとき、その負担は一つひとつを遂行する時の何倍にも膨れあがる。ワーク・ライフ・バランスや「女性活躍」を掲げるのであれば、家に帰った時にくつろげる時間と空間を、誰がいつどのようにして整えるのかについて議論を深める必要があるだろう。

仕事も生活もバランスよくと言うのは易しいが、それを実現するにはいくつものハードルがある。ワーキング・マザーの「長時間労働」と心身の健康問題は、文化や社会、法、政策、すべての面から考えるべきテーマである。ワークもライフも充実させた結果、疲弊して心身の健康を害することのないような生き方と働き方について模索する時期にきている。

山田 陽子 広島国際学院大学准教授

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やまだ ようこ / Yoko Yamada

神戸大学大学院総合人間科学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。現在、広島国際学院大学情報文化学部現代社会学科准教授。専門は社会学(感情社会学、医療社会学、社会学理論)。主著に『「心」をめぐる知のグローバル化と自律的個人像』(学文社、日本社会学史学会奨励賞受賞)。

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