山口絵理子が24→38歳の苦闘で掴んだ経営哲学 マザーハウスが社会貢献しながら成長する理由

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マザーハウス創業者の山口絵理子氏。温かい木のぬくもりに包まれたマザーハウスの店舗には家庭的な雰囲気がある(撮影:梅谷 秀司)

今年8月で38歳になった山口絵理子は、「起業した13年前といちばん変わったことは?」という質問に一瞬考え込んだ後、こんな言葉を切り出した。

「利益が上がったことですね」

バングラデシュへ単身で渡り、2006年3月に24歳でマザーハウスを起業。「途上国から世界に通用するブランドをつくる」をビジョンとして、マザーハウスは現在6カ国の途上国でバッグやジュエリー、アパレルなどをつくり、日本国内外の計38店で販売している。

学生時代の山口は途上国におけるビジネスを国際協力という観点で捉え、経済やビジネスにはどこか嫌悪感を持っていた。でも、それでは現実は回らない。会社が工場の設備を増強させたり、商品のバリエーションを広げようとしたりすれば、本業でしっかりとお金を稼ぎ、各所に投資していかなければならない。

利益を出すからこそ、国際貢献ができる

山口はこの13年間、さまざまな苦難に見舞われながらもビジネスを回し、会社を成長させてきた。売り上げを右肩上がりに伸ばし、今では日本で約200人、グローバルで約600人のスタッフを抱える。マザーハウスの商品は、百貨店に入る高級ブランドと比べても遜色ないデザイン性や品質が評価され、例えば祖業のバッグは男女問わず幅広い世代に人気がある。

「会社を経営してちゃんと利益を上げることで、自分が目指すものを満足のいくところまで追求できるようになりました。工場の設備の質が上がり、モノがよくなっていくという実体験から、思考や可能性が広がり、『利益はいろんなことにチャレンジするために出す』ということが腑に落ちました。利益を出すからこそ、国際貢献ができると思うようになったのです」

山口は今年8月、5冊目の著書『Third Way(サードウェイ) 第3の道のつくり方』を上梓した。

もともと著作やブログなどを通じ、自らの情報発信にも積極的な経営者だ。1~3冊目の著書『裸でも生きる』シリーズは自身の人生の体験談をドキュメンタリーのようにまとめ上げ、各方面から反響を得た。

一方で、「『裸でも生きる』シリーズは、『頑張ればなんとかなる!』というような情熱的な精神論に受け取られましたが、実際のビジネスにおいて13年利益を上げ続けて600人のスタッフ数ともなると、情熱だけではやっていけません」(山口)。

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