1~2年ほど前から、鈴木は練習中に暇だと感じるようになった。選手たちが自主的に動いてくれるから、監督がモノを言う必要がないのだ。
米田はここ1~2年で、監督の方向性を理解できるようになった。そうしてチームは地力をつけ、「日本一を狙う」と公言できるようになっていった。
そんな折、チームは激震に見舞われる。2012年10月1日付で、新日鐵と住友金属が合併することになったのだ。
かずさマジックの面々は、この決定に戦々恐々とした。新日鐵はかずさマジック、東海REXとふたつの野球チームを所有し、住友金属には住友金属鹿島野球部がある。ふたつの企業が統合すれば、「同じ関東にふたつもチームは必要ない」という議論になるはずだ。そうなると、淘汰されるのはかずさマジックではないか。
そんな危機感を抱いた鈴木は、何とかチームを存続させようと動いた。本社の重役たちに働きかけ、賛同者を見つけ出した。すると切実な声で、こう言われた。
「9月の頭に日本選手権の予選があるだろ? とにかくお前たちを残す武器をくれ。頼む、勝ってくれ」
チームが消滅するかもしれないという恐怖は、何より選手たちの力になった。かずさマジックは予選を突破し、日本選手権の本大会出場を決める。本社の合併を機に、「新日鐵住金かずさマジック」として再出発することになった。
「選手たちはよく勝ち切ってくれた。彼らの姿を見て、『これで強くなったな』と感じた。チームに企業名を背負ったことで、意識が変わったと思う。『オレたちは新日鐵住金だ』というプライドがあるから」
選手からの驚きの言葉
それから1年後の日本選手権。新日鐵住金かずさマジックは、創部40年目で初めての栄冠に輝いた。ソフトバンクにドラフト3位で指名された岡本健が最後を締め、歓喜の瞬間が訪れた。
喜びを爆発させた直後、鈴木には監督冥利に尽きる出来事があった。閉会式が始まる直前、米田に「お前ら、よく優勝したな」と語りかけた。するとキャプテンは視線を先に向けながら、こう語り出した。
「監督、それは違いますよ。僕らは夏の都市対抗で勝っていません。来年は夏、優勝しましょう」
日本選手権の3カ月前、新日鐵住金かずさマジックは都市対抗準決勝でJR東日本に敗れていた。社会人野球では都市対抗こそ、頂点を決める戦いとされている。自分たちはまだ、本当の日本一ではない――。
2014年、新日鐵住金かずさマジックはスローガンを「更なる高みへ~日本一への挑戦~」に決めた。意味を図りかねた鈴木が米田に聞くと、彼はこう答えた。
「監督も言っていましたけど、1回くらい日本一になったからって、強いなんて思っていないですから。本当の日本一に挑戦しないといけないと思っています」
監督就任から6年。鈴木は大胆に人材を入れ替え、まずは基礎を徹底させた。そうして組織の土台を固め、自ら考えさせることで応用力を身に付けさせた。段階に応じた処置を施したからこそ、新日鐵住金かずさマジックはリストラに成功することができた。
「自分がいなくなっても、チームカラーは伝統として残っていかなければならない」
鈴木のこの考え方こそ、組織を抜本的に変えるために必要な心得だ。
(=敬称略)
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