地銀支店長が後継難の酒造会社に転身した事情 地銀「人材紹介・育成」は新しい事業価値に

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銀行員が取引先企業に就職すること自体は昔からあった。その多くは、一定年齢に達した行員の再就職の文脈だ。なかには「天下り」もあっただろう。仮にも銀行の都合が優先されては本末転倒だが、銀行の人材紹介ビジネスにつきまとう懸念であることは否定できない。監督指針にも「取引上の優越的地位を不当に利用することがないよう留意する」とある。

余剰人員の押し付け、天下りの懸念を払拭し、経営アドバイスの一環として人材紹介ビジネスを定着させるには、経営を担うにふさわしい人材を体系的に育成すること、それを入行当初からキャリアプランとして位置付けることが重要だ。

銀行で仕事をしていれば、融資可否を判断するのに必要なレベルで経営診断できるようになる。事業計画にある将来見通しの甘さ、精一杯よく見えるようにした財務諸表のウソを見抜くことはできる。

地銀の人材紹介・育成は「戦略的事業」になる

課題は実戦経験だ。そのために中堅行員が取引先に出向し現場で経営感覚を身に付けることも必要となろう。近年、30歳前後の行員を取引先企業に派遣する取組みが増えている。みなと銀行(神戸市)は、2018年4月から地元企業数社に20歳代後半~30歳代前半の若手行員を出向させている。

行員が取引先企業に常駐してコンサルティングを実践する例もある。山陰合同銀行(松江市)は2016年から「行員派遣による有償コンサルティング」を始めた。行員1名を1年間右腕人材として派遣する制度だ。

銀行の実務を通じひととおりの経営診断ノウハウをマスターした中堅クラスの行員が、事業運営の知見を得るために取引先企業に出向し、現場の職員と机を並べて仕事する。帰任後は出向中に得た知見を生かし本部渉外部門や営業店でファイナンスとあわせ取引先の経営アドバイスを提供する。

次のステップとして今度はコンサルタントとして取引先企業に有償で出向する。あるいは、将来の後継者含みの右腕人材として企業に入ることもありうるだろう。

冒頭紹介した後継者問題に悩む地元企業の復活劇を、偶然の産物として片づけてしまうのはあまりにもったいない。これからの地銀、銀行員に求められる戦略的事業として参考にすべき点が大いにある。

後継者不在に悩む中小企業にとっての解決策である一方、地域活性化ひいては地銀自体の持続可能性を模索するうえで着地点の1つなのではないか。 

鈴木文彦 大和エナジー・インフラ投資事業第三部副部長

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すずき ふみひこ / Fumihiko Suzuki

仙台市生まれ。1993年立命館大学産業社会学部卒業後、七十七銀行入行。2004年財務省に出向(東北財務局上席専門調査員)。2008年大和総研入社、現在に至る。専門は地域経済、地方財政、PPP/PFI。中小企業診断士。

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