サイエンス(科学)の世界では、決して「原因」と「結果」がひっくり返ることはありません。経済学の世界で「物価が上がれば、景気がよくなる」などと主張している学者たちは、冷静に見ていると、サイエンスの世界で「引力が働いているから、りんごが落下する」というべき現象を、「りんごが落下するから、引力が働いている」といっているのと同じようなものなのです。
キリスト教の権威が支配する中世時代の欧州では、神の権威によって科学の発展が著しく妨げられていましたが、「インフレになると人々が信じれば、実際にインフレになる」というインフレ期待は、まさしく宗教のようなものに思えてしまったわけです。
私はアベノミクスが始まって以来、その理論的支柱であるクルーグマンの取り違えを指摘し続けてきましたが、そのクルーグマンはすでに自説の誤りをあっさりと認めています。
2015年の秋頃には「日銀の金融政策は失敗するかもしれない」と発言を修正したのに加え、2016年に入ってからは「金融政策ではほとんど効果が認められない」と自説を否定するような発言にまで踏み込んでいます。詰まるところ、日本における経済実験は失敗していると判断していたのです。
アベノミクスが始まった2013年当時は、私がアベノミクスの「原因」と「結果」の取り違えについて申し上げると、経済学を専門にしている人たち(とくにリフレ派)からは大いに批判を浴びることになりました。世界の主要な中央銀行がインフレ目標を掲げるなかでは、そういった反応は至極当然のことだったといえるでしょう。
しかしながら、サイエンティストたちの前で同じような話をすると(私はたまに科学者の集まりで講義をさせていただくことがあります)、誰一人として異論が出ることなく「まったくそのとおりだ」という評価を受けたことは印象深い出来事でした。サイエンティストは「原因」と「結果」を取り違えることはないゆえに、インフレ目標の理論そのものの構築の仕方に疑問を感じる人たちがことのほか多かったのです。
最低賃金引き上げの目的化は、雇用情勢の悪化を招く
最低賃金引き上げ論者の根本的な間違いは、やはり「原因」と「結果」を取り違えているということにあります。
「最低賃金が上がるから、生産性が上がる」のではなく、「生産性が上がるから、最低賃金が上がる」というのが、経済の正しい道筋であるからです。すなわち、実質賃金を引き上げるという結果をもたらすためには、まずは生産性を引き上げるという原因が必要だというわけです。
私が非常に危惧しているのは、経済の専門家たちが労働生産性の国際比較では日本の数字が低めに出るという要因をほとんど加味することなく、生産性の向上そのものが目的化して語られているところにあります。日本で大企業・中小企業にかかわらず、グローバルに活躍する企業が増えれば増えるほど、国内の労働生産性が低下していくのは避けられないことなのです(「日本の労働生産性が半世紀も先進国ビリの理由」を参照)。
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