仮に最低賃金を5%ずつ10年間にわたって引き上げようとすれば、5年もしないうちに地方でアルバイトやパートで成り立っている業態は大半が倒産か廃業に追い込まれるでしょう。確かに、最低賃金引き上げを実行すれば、AIの導入や自動化によって生産性を上げられる体力がある一部の企業は生き残ることができますが、その代わりに中小零細企業を今の半分に淘汰しなければならないという覚悟が必要になるのです。
最低賃金を継続的に引き上げることによって、従業員を解雇しなければならない、あるいは、廃業をしなければならない経営者が増えていくことになるでしょう。雇用の受け皿となる新しい産業が育っていない現状では、地方を中心に失業者が急増し、国民の所得が総じて減るのは不可避なことです。
中小零細企業の適者生存を促すためには、それによって失われる雇用が難なく他の企業に移動できる環境整備を行っておかなければなりません。言い換えれば、淘汰される企業や産業の代わりに、いくつもの成長産業を育成しておかなければならないというわけです。最低賃金の引き上げや生産性の向上が目的化してしまうと、日本はリーマン・ショック期のアメリカ並みに失業者であふれかえってしまうのではないでしょうか。(2019年4月4日の『令和時代に国民が豊かになるたった1つの方法』を参照)
構造問題の解決なくして本当の景気回復は考えられない
国民はなぜ、過去の不況から脱却した状況下でも消費を抑え、貯蓄に励み続けてきたのでしょうか。大企業はなぜ、近年の業績の拡大に比例して、賃金の引き上げ(とくにベアの引き上げ)ができないのでしょうか。
これらの疑問に対する答えは、極めてシンプルなものです。国民が消費を抑え貯蓄に励むのは、かつてのように賃金が上がらない中で、少子高齢化による人口減少、財政不安、社会保障不安といった将来に対するリスクが強く意識されているからです。
国民が国をほとんど信用していないということがあり、将来のリスクに対して自衛しなければならないという行動パターンが当たり前となっているのです。国民の将来不安を和らげるためには、政府が少子化の大幅な緩和を実現しないかぎり不可能なことでしょう。
企業が好業績に見合った賃上げをできないのも、超長期的に日本の人口が減少していく中で、国内市場の需要が減少の一途をたどっていくのは避けられないという危機感を持っているからです。
そういった環境の下では、アベノミクスによって史上最高益を稼ぎ出した大企業であっても、ボーナスなどの一時的な賃上げは受け入れるものの、基本給の底上げとなるベアは簡単には受け入れられない状況にあるのです。いくら国内が人手不足とはいっても、企業の賃金に関する基本的な姿勢は今後もずっと変わらないでしょう。
要するに、実質にしても名目にしても賃金が思うように上がらないのは、日本が抱える構造的な問題が根元にあるといえます。賃金が上がらない原因が構造的な問題にある場合、無理やり賃金を引き上げても生産性が上がるわけではありません。
国民や企業が持っている将来への危機感を解消するという努力もせずに、中小零細企業に賃上げを強いたりするようなことがあれば、日本全体で抱える危機感がますます高まり、企業は攻めの経営よりも守りの経営に大きく傾いていくのではないでしょうか。すなわち、かえって生産性を低下させかねない可能性のほうが大きいということなのです。
生産性の向上から実質賃金の上昇へ、実質賃金の上昇から消費の拡大へと好循環を実現するためには、国民や企業にある将来への不安・危機感を和らげることが何よりも先決であります。
今後も加速していく少子高齢化や膨らみ続ける財政赤字など、日本が抱える構造的な問題に対して有効性が認められる構造改革を実行すると同時に、日本の潜在力を生かした成長産業の育成を進めることこそが、生産性の向上や実質賃金の上昇にとってもっとも求められている政策であるというわけです。
私が少子化対策と成長戦略を強く訴え続けているのは、これらが日本にとって最大の景気対策になると確信しているからです。
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