堀ちえみの舌がんが早期発見できなかったワケ 「痛みがなく治らない口内炎」は要注意だ

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これは通常の口内炎が激しい痛みを伴い、1~2週間で自然治癒するのと対照的だ。

実は、筆者もかつて舌がんを見落としたことがある。その患者は白血病を患っていた。骨髄移植を受けて白血病は治ったが、移植後に慢性移植片対宿主病(GVHD)という免疫反応が起こり、治療に苦慮していた。

慢性GVHDの治療の最中に舌に違和感を訴え、口内炎ができた。口内炎は慢性GVHDの症状の1つだ。筆者は舌がんの可能性などまったく考えず、経過を観察した。痛みが伴わないことにもあまり注意を払わなかった。

患者さんの多くは我慢強い。こちらから聞かないと「口内炎が痛いです」とは言わない人もいる。筆者は「口内炎だから多少痛みはあるだろう」と勝手に考えて、それ以上の質問はしなかった。この結果、「痛みがない口内炎」を見逃した。

私が勤務していたのは、がん専門病院だ。そして、私はがん治療を専門する医師だ。ところが、恥ずかしながら、これが実態だ。

この患者は幸い移植後の口腔ケア目的で、口腔外科にも受診していた。口腔がんの専門家により舌がんと診断され、手術を受けた。今もお元気だ。

舌がんの情報を広めることが、いちばんの対策

堀さんのケースから、われわれは何を学ぶべきだろう。私は「なかなか治らない、痛くない口内炎は要注意」という情報を社会でシェアすることに尽きると思う。もし、痛みがない口内炎が続いたら、患者さんのほうから「口内炎があるんですけど、あまり痛みはないんです」と伝えて頂きたい。

前述したように、医者は「口内炎は痛いに決まっている」と考えているので、余程口腔がんに詳しくなければ、「口内炎は痛みますか」とは聞かない。繰り返すが、早期の口腔がんは普通の口内炎と外見では区別できない。病変が大きくなり、医者が口腔がんを疑うころには病変は進行している。臨床医として情けないことだが、患者さんから積極的な情報提供がなければ、口腔がんは容易に見落としてしまうのだ。だからこそ、メディアは、この点を強調して国民に伝えてほしい。

ところが、一連のメディア報道に、この視点はない。「堀ちえみさん 舌がんを公表 ステージ4 『また歌いたい』」(2月20日産経新聞)や「堀ちえみさん:舌がん公表に激励の声次々」(2月20日毎日新聞)のような記事が並ぶ。確かに読者が興味をもつ重要な情報だろうが、折角、読者が舌がんに関心を抱いているときだからこそ、もっと読者の役に立つ情報を伝えてほしい。そうしなければ、堀さんのようなケースは、これからもなくならない。

堀さんの治療が上手くいくこととともに、この機会に舌がんに関する社会的な理解が深まることを願う。

上 昌広 医療ガバナンス研究所理事長

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かみ まさひろ / Masahiro Kami

1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。

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