東海テレビ「ドキュメンタリー映画」への執念 プロデューサー&監督に聞いた「続ける理由」

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阿武野:視聴者が何を求めているのか。マーケティングも大事でしょうけど、作り手が面白がってつくっていることは観る側にも伝わるものです。齊藤が出してきた企画書は紙1枚ですが、やりたいものが込められていた。熱い思いがあれば、何か素敵なものができるだろうという賭けですよね。

──『眠る村』で掘り起こしているように、この事件にはミステリアスな部分があります。なにより、忘れようがない証言の変更について村人が「覚えてない」と口を揃える。一方、取材を嫌がるのなら拒絶してもいいのに、そうしない。

齊藤:最初はみなさん、カメラを拒絶するんですよ。何度も通って、村の風景は撮れてもインタビューはダメという日が続きました。まず畑仕事をされているところに「こんにちは」と行く。世間話はしてもらえるんです。しかし「名張毒ぶどう酒事件のことで……」と話しかけたとたん口を閉ざす。それを何度も繰り返していると親しみをもってもらえるようになる。さらに、記者ばかりかカメラマンも一緒になって畑仕事を手伝ったりするようになるんです。

現在、村は20世帯ほど。高齢者ばかりだ。農作業を手伝ううちに「ちょっと上がっていくか」と、お茶をすすめられるようになるという。そうした空気感を醸成することがドキュメンタリーの取材では重要だという。

──ぶどう酒を村の酒屋で買い、村の親睦会の会長宅に届けたⅠさんという男性が出てきますよね。彼は奥西さんの「自白」後に、買った時間、届けた時刻に関する証言を変えてしまう。それに合わせて村の人たちも次々に証言を変更する。結果、奥西さん以外に毒物を混入できた人物はゼロだとされた。しかし、証言の変更によって辻褄が合わないことも出てきてしまう。今回、そのⅠさんにカメラが迫っています。

取材では関係づくりが重要

齊藤:名張の取材は、門脇康郎という、今回も監修として関わっているOBが初代で、2代目は私。3代目が鎌田麗香という女性ディレクターになるんですが、僕のときには、Ⅰさんは目もあわせてくれなかった。初代のときは「帰れ!」と怒鳴られた。しかし、鎌田になると微妙に変わってくる。

鎌田麗香ディレクター(左)は、今回の作品のもう一人の監督で、取材の中心的役割を担っている ©東海テレビ放送

もしかしたら、孫の世代にあたるということもあったのか。彼女は取材も上手ですし、畑仕事をするところから入って、野菜を持って帰ってくるようになるんです。「カメラは回せたの?」「それはダメでした」って。そういうことを繰り返していくうちにあのインタビューになっていくんです。

──証言を変更する前にⅠさんが提出した、その日の行動メモを見せられ、じっと見入る場面ですね。

齊藤:これは僕の想像ですが、あの人なりに奥西さんに対して申し訳ないなという気持ちがあったのではないか。鎌田が「これ、Ⅰさんが書いたものですよね」と問いかけると、「俺の字だな」と認めた。これまでずっと「知らん」と言っていたのが初めて認めた。そこに何かメッセージが込められていたのではないか。彼も、自分が何か口にすることで、村八分にされることを恐れていたのは確かだと思うんです。

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