沖縄の彼女が波風立てても世に伝えたいこと 分断の歴史、葛藤の島でもがく若者たち(1)

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対立によって分断される島では、どんな立場の人も傷ついていることを嘆きながら、責任の所在を示す言葉を一切排した投稿の中で、唯一彼女が遠慮がちに名指ししたのが「外からやってきたもの」だ。逃げ場のない切羽詰まった状況を招いたのは、紛れもない私たち本土の人間であることを実は突きつけているのだ。

彼女は沖縄県南部の高校から台湾に留学し、卒業後も台湾の大学に進んだ。2年前に、名護市の大学に編入して教員を目指している。米軍基地のほとんどない南部出身だから、あまり問題意識を持ったことはなかったが、祖父から沖縄戦で弟を亡くした話を聞いていたから、戦争を連想させる米軍基地には漠然とした違和感を覚えていた。

「基地問題に向き合うのは、苦しいことなんです」

名護市の大学に通い始めてから、辺野古の基地建設に反対する人たちが集まるキャンプ・シュワブのゲート前に行ったことがある。荒々しい抗議の声を挙げる人たちの気持ちもわかるが、罵声を浴びせられる日本人の警備員も、ある意味で被害者だと思った。この島には加害者がいないはずなのに、県民が分断されていることを実感した。

友人に誘われて社会問題のワークショップに参加したことがきっかけで、昨年2月に投開票された名護市長選を手伝った。関わったのは辺野古の基地に反対する現職候補だったが、政府与党の推す候補に敗れた。

そして9月の知事選でも、基地建設に最後まで抵抗しながら逝った翁長雄志の後継となる玉城デニー現知事を応援した。劣勢が伝えられながらも、最後は圧倒的な民意が示されたはずだった。が、中央から返ってきた答えは、土砂投入の強硬策だった。

「基地問題に関心のない人は、いないと思う。無関心を装っているだけ。関わったら先が見えないし、いくら闘っても無視され続ける。何をしてもダメだと諦めている人も多い。この問題に向き合うことは、それほど苦しいことなんです」

そう話す彼女の瞳に、涙があふれていく。

新垣さんが実際に投稿したfacebookの記事(筆者撮影)

Facebookへの投稿直後から、コメントやメッセージが届いた。

「1人じゃないぞ!」

「シェアさせてね」

投稿して気持ちの整理がついてきたような気がしている。いまは、声を挙げてよかったと思えるようになった。

今年、沖縄が日本の捨て石となって12万人以上の県民の命が奪われた沖縄戦から74年が経つ。1952年のサンフランシスコ条約で日本は独立を果たしたが、沖縄は切り捨てられて米軍施政下に置かれる悲哀を味わう。民有地は米軍に取り上げられ、基地反対闘争が激しさを増す本土から米海兵隊が移転してきた。1972年にやっと本土復帰を果たしたものの基地は残され、沖縄と本土の負担割合は7(沖縄):3(本土)と固定化されていく。

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