性的虐待を人格交代で凌いだ女性の壮絶半生 トラウマ治療で乗り越えた48歳女性の軌跡

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生き延びられたのは、近くに住む祖母や叔父が病院へ連れて行ったり、ご飯を食べさせたりしてくれたからです。しかし、叔父はその“見返り”として、なつきさんに性的虐待を繰り返しました。触られるだけでも耐えがたいことでしたが、同居する祖母や叔母、いとこたちがいないときは「好き放題だった」といいます。叔父による虐待行為は、4歳くらいから中学1、2年の頃まで続きました。

性被害を受けた人には大変よくあることですが、なつきさんは長い間この性被害について、“罪悪感”を抱えて生きてきました。被害者がなぜ罪悪感など抱かなければいけないのか? 理不尽な話ですが、なつきさんは「もっと空腹に耐えればよかった。いっそ大きなケガをして死んでしまえばよかった。それができなかった自分は弱い人間だ」と自責していた、といいます。

なつきさんは幼稚園の頃からしばしば“乖離”を起こしてきました。乖離というのは、処理できないほどの強烈な刺激を受けたときに起こる、感覚のシャットダウンです。いつからか多重人格の症状もあり、何人か別人格もいたのですが、本人からすると「その部分の記憶はオフ」なので、覚えてはいません。

「空気になりたい」と思っていた

母親は表立ってなつきさんを助けてくれることはありませんでした。「お前さえいなければ」「産むんじゃなかった」など、存在を否定する言葉をたびたび聞かされたため、物心がついた頃から「私は間違ってこの世に生まれてしまった」と思ってきたそう。

7、8歳の時には、自ら近所の児童相談所に駆け込んだことも。しかし、職員からは「あんたがかわいくないから、かわいがってもらえへんのやろ。もっとかわいくして、お父さんにかわいがってもらい」と言われ、家に追い返されました。40年前、虐待に対する社会の認識はお粗末なものでした。

小学校で先生や友達にいじめられても「休む」という選択肢はありませんでした。なぜならなつきさんにとっては「学校の給食が唯一、自由に食べられるご飯だったから」です。

「この頃はよく『空気になりたい』と思っていました。空気になれば、殴られることもなければ空腹に苦しむこともなく、人に必要とされるのになって」

人間でいるよりも空気になったほうが幸せだと感じるような人生を、当時のなつきさんは、送っていたのでした。

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