性的虐待を人格交代で凌いだ女性の壮絶半生 トラウマ治療で乗り越えた48歳女性の軌跡

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最も印象に残っているのは、入院して半年経った頃にミーティングで言われた言葉です。当時なつきさんは会社を休職し、東京で買ったマンションのローンを払いながら、子どもたちを母親に託していました。そんな彼女に、仲間の1人がこう言ったのです。

「そんなにたくさんのものを両手いっぱいに抱えていたら、回復を手にすることはできないよ。今の状態になったのは誰の責任でもないけれど、回復するのはあなたの責任でやらないと」

決して、すぐに受け入れられるアドバイスではありませんでした。これまで並々ならぬ思いと努力で手に入れてきたものを手放すことへの抵抗感。最初は拒絶していたのですが、しかし日が経つにつれ、「回復するにはそれしかない」という思いが芽生えてきます。

そこでようやく会社を退職して、マンションを売却。さらに、母親の元での養育が難しくなっていた下の子を一時的に施設に預け、改めて治療に専念することにしたのです。つらい決断でしたが、これは子どもたちの将来のためにも、どうしても必要なことでした。

それまで誰にも話せなかった性虐待の経験や、抱えてきた罪悪感を主治医に話したのも、この頃です。主治医はその後、繰り返し「あなたは悪くない」「あなたは子どもで無力だった」「生きていてくれてよかった、ありがとう」と言い続け、なつきさんの罪悪感を打ち消す手助けをしてくれました。

約4年にわたる入院生活のなかで、さまざまなトラウマ治療を行った結果、乖離の症状は改善していきました。フラッシュバックを起こすことや、別の人格が現れて記憶を失うことがなくなったのです。

さらにこの間、近隣の大学病院の整形外科を受診したところ、治療計画が見直され、歩行リハビリを行うことに。結果、車いすも使わず、元通り歩いて生活できるようになりました。

「人間関係をリセットする」必要はなくなった

退院後、なつきさんは病院の近くに居を構え、すぐに子どもたちを呼び戻しました。今はパートの仕事をしながら、穏やかに暮らしています。最近は、就職した上の子の強い希望により母親も同居するようになり、さらに妹も加わって、5人+犬2匹という大所帯になっているそう。

「間違って生まれてしまった」という思いや、幼い頃から抱いてきた罪悪感は、今も消えていないものの、それでも以前のように転職や引っ越しを繰り返して「人間関係をリセットする」必要はなくなりました。処方薬ももう、めったに飲みません。

今の病院はなつきさんにとって、「まるで実家のような場所」だと言います。困ったときには相談に行き、精神的にきついときには短期入院をさせてもらうこともあるそう。

なつきさんはここまでの人生を、こんなふうに振り返ります。

「決して恵まれていたとは言いがたい人生ですが、私は今、それなりの生活を送ることができ、普通に幸せだと思っています。私が自助グループで感じた『私だけじゃなかった』という思いや、目の前の霧が晴れるような感覚を、ほかの人にも感じてもらえたら、うれしいのですが」

きっと、届いていると思います。

大塚 玲子 ノンフィクションライター

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おおつか れいこ / Reiko Otsuka

主なテーマは「いろんな形の家族」と「PTA(学校と保護者)」。著書は当連載「おとなたちには、わからない。」を元にまとめた『ルポ 定形外家族』(SB新書)のほか、『PTAでもPTAでなくてもいいんだけど、保護者と学校がこれから何をしたらいいか考えた』(教育開発研究所)『さよなら、理不尽PTA!』(辰巳出版)『オトナ婚です、わたしたち』(太郎次郎社エディタス)『PTAをけっこうラクにたのしくする本』(同)など。テレビ、ラジオ出演、講演多数。HP

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