論争がシカトで終わる、情けない日本の論壇 山折哲雄×竹内洋(その2)

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竹内:そうです。当時の編集長の英断で、福田の論文を載せたそうです。ただし、その論文の紹介文には、当時の進歩派を非常に気遣うような、言い訳がましい文章が載っていました。大勢とは違うこういう意見も読んで考えなければいけない、と。

山折:論争がない日本の論壇とはいったい何か。それを考えさせられるエピソードですね。

山折哲雄(やまおり・てつお)
こころを育む総合フォーラム座長
1931年、サンフランシスコ生まれ。岩手県花巻市で育つ。宗教学専攻。東北大学文学部印度哲学科卒業。駒沢大学助教授、東北大学助教授、国立歴史民俗博物館教授、国際日本文化研究センター教 授、同所長などを歴任。『こころの作法』『いま、こころを育むとは』など著書多数

竹内:ええ、論争はないですね。

山折:学会でも同じです。

竹内:ただ、飲み屋へ行くと論争があるんですよ(笑)。

山折:本当に情けない話ですな。

竹内:教授会もそうです。教授会では議論はあまり行われず、終わってから飲み屋に行って、「あれはこうだったよな」と始まる。日本の場合、公共圏は飲み屋のほうにあるのではないですか。市民的公共圏が成り立ちにくい社会ですね。まあ、今の若い世代は、これまでとはちょっと変わっていると思いますが。

批判には2つのタイプがある

山折:私は以前から、論争には批評、批判が必要だと言ってきました。そこで、批判とはどういうものかを考えたことがあって、具体的には、「小林秀雄流の批判」と「鶴見俊輔流の批判」の2つに行き着きました。

これは私の独断と偏見が混じっているかもしれませんが、小林秀雄という人は、いろんな批評の戦略を持っていても、共通するところがあります。それは、批評対象の最も優れたところを選び出して褒めていくことです。これが小林流批評の極意だったのではないでしょうか。対象が、ゴッホであろうとモーツアルトであろうと、志賀直哉であろうと、みんなそうです。

やっぱり、批評の場合、「いかに褒めるか」は非常に難しい問題です。ただ最近は、浅いレベルで、美しく褒めることに慣れてしまっているから、うまく褒めることで深みのにじみ出るような批評があまりないでしょう。

竹内:確かに、褒めるのは難しいですね。それこそ、さっきの飲み屋コミュニケーションだと、何かを褒めても場が盛り上がらない。いちばん安きは悪口です。悪口だとみんな盛り上がる。

私が論壇の問題だと思うのは、悪口と極論です。今の論壇は、極端競争みたいになってしまって、右でも左でもとにかく極端なことを言えばいいという風潮になっています。褒めるということは本当に難しいですよね。

山折:もう一方の鶴見俊輔流批判ですが、これは鶴見さんが思想科学研究会の機関紙で言っていた話です。

鶴見さんは、「批評するには、まず大刀を自分の背中から突き刺す。すると、腹から切っ先が出るので、その切っ先で相手を刺せ」という意味のことを言っています。つまり、まず他人を刺す前に、自分自身の背中を刺せということです。これこそが、批評の方式としては王道だという気がします。

その点で、鶴見俊輔という知識人は本物だと思いましたね。ただ、この小林秀雄流と鶴見俊輔流の2つの批評のスタイルが、今日の論壇から失われています。

竹内:教養というもの自体が、自己批評があるか、自分を見つめる力があるか、自省があるか、自己中の反対がどれだけあるか、ということだろうと思います。

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