論争がシカトで終わる、情けない日本の論壇

山折哲雄×竹内洋(その2)

山折:自己批判を失った知識や哲学は、単なる知識にすぎないということですね。

竹内洋(たけうち・よう)
1942年新潟県生まれ。京都大学教育学部卒業。同大学院教育学研究科博士後期課程単位取得満期退学。京都大学大学院教育学研究科教授などを経て、関西大学人間健康学部教授、京都大学名誉教授。専攻は歴史社会学、教育社会学。著書に『教養主義の没落』『革新幻想の戦後史』などがある

竹内:そうですね。私は時々、「邪魔をする教養」と「ひけらかす教養」という言い方をします。「ひけらかす教養」というのは、今、先生が言ったように、知識によって知らない人に対し象徴的暴力を与えるような感じです。

もう一方の「邪魔をする教養」は、自己批評というか、最近まではわりと使われていた言葉です。ちょっと皮肉的な意味もあったかもしれませんが、「教養が邪魔してできない」という言葉がありましたよね。だから「邪魔をする教養」というのは、いいのではないかと思います。

山折:自己を抑えるために。

竹内:そうですね。先ほど話に出た福田恆存が、教養について面白いことを書いています。

要するに、教養というと何だか自省ばかりで、自己主張があんまりないような印象があるけれども、決してそうではない。では、教養のある人の自己主張は何かと言うと、ユーモアだと言うんですね。それこそ机をたたいて正義を主張しても相手は引くだけだから、ユーモアこそが自己主張になっていくと。

私はこの意見には「なるほどな」と思いました。だから「邪魔をする教養」にプラスしてユーモアがあるのが、いちばんいいのかなと思ったことがあります。

山折:竹内さんのお話はいつもユーモアがありますね(笑)。

竹内:それは、大阪の大学で長くやっているとそうなりますよ。

山折:本当にそのとおり。

竹内:大阪の場合、普段の家庭の会話でも、何かオチを言わないといけません。うちの家庭でも、子供から「お母さんの話は長いんだけど、オチがない」と言われてますから(笑)。

山折:なるほど。笑いをとらないといけないと。

竹内:誰かと話したときに、東大の先生と京大の先生は何か違うと言っていました。東大の先生は講演して笑いがあると「今日、僕はおかしいことを言ったかな」と言って、京大の先生は「今日は笑いが少なくて失敗だ」と言うそうです。

山折:河合隼雄さんがよく言っていましたが、講演をするときに、日本人は最初に言い訳をするのに対し、外国人はまず何か笑わせる。

竹内:そうですね。

山折:日本的ユーモア、あるいは、伝統的なユーモアのひとつは、川柳だと思います。ただ川柳は、大衆系文学の中にひとくくりにされてしまって、文化、政治、社会を語る、いわゆる論壇的な世界とは切り離れてしまっている。あれはちょっとおかしいですよ。

短歌や俳句や川柳といったものを、特別の枠の中に閉じ込めるのをやめないといけません。先ほど話した「大衆の原像」のようなものと、大文字で書かれる論壇的なテーマとを融合させるような紙面づくり、教養のありどころを示すべきです。

今は、大衆文学、純文学というふうに全部くくっているわけですが、そんな簡単に割り切れるものではありません。そのことに今の新聞が気づいてないような気がします。

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