視覚認識は、ほとんどの哺乳類や鳥類で同じであり、人間の知性を特徴づける理知思考にはるかに先立って進化している。余談だが、カエルが虫を検知する機能は、脳に至る手前の感覚器からの伝達段階で行われる。哺乳類や鳥類は、脳を高度に発達させ、情報処理を集中化したが、そこまで脳が高性能でない生物は、さまざまな情報処理をより分散した神経系で行う。ステゴサウルスの腰の神経節は、脳より大きかったといわれる。
私見では錯視の頑健性は、視覚野が学習を必要としないためと考えられる(発達のため入力刺激は必要だが)。画像の図形的な認知に可塑性(刺激に応じた変化)は必要なく、決まったパターンで発達させれば十分である。学習は、認知した図形がエサか外敵かなどを判断する段階で働かせれば十分だろう。筆者の見解の当否はともかく、図形認識は無意識に行われ意思や思考で補正ができない。錯視は頑健である。
さて、視覚以外にも、人間は多くの認知バイアスを持つ。錯視が頑健なように、心理上の認知バイアスもまた頑健である。その1つであるプロスペクト効果の歴史は古く、数千万年以上隔たった新世界ザルとも共通することを以前にご紹介した(「投資や消費で陥りやすい『損失回避心理』の罠」)。
オマキザルの実験からわかるとおり、人間の認知バイアスは根深い。新世界ザルに属するオマキザルと旧世界ザルに属する人類は、3500万年前に分かれたとされるが、同じバイアスを共有している。イェール大学のサントス教授は、それを理解し克服せよと説いた。サンクコストやプロスペクト効果など、行動経済学的なバイアスは、歴史上何度も繰り返されているが、学習によってこれが回避できれば、人類の偉業となるだろう。
多様な錯視の世界
杉原錯視は、なおいっそう頑健で、回避は不可能である。だが、幸い害はないので、楽しんで鑑賞すればよい。ネットを検索すれば、数多く掲載されている。たとえば、CNNのサイトでは、種明かし動画を含むいくつかの画像が紹介されている
ほかにも、何度回してもどうしても右を向く矢印や、鏡に映すと消えるニワトリなど、多様な作品がある。その35点が、台湾故宮国立博物院で2018年9月から2020年2月まで展示されるという。故宮博物院は台湾随一の観光名所で世界的に高名である。この期間に旅行される方は、ご一覧をお勧めする。
※なお、記事中での写真の使用は杉原厚吉教授にご了解をいただいているが、本文は杉原教授の著作や講演から、内容を理解できた範囲で記しており、文責は筆者にある。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら