普段は料理をしないが、ホームパーティでウケを狙いたいとき、ひとつの方法はケーキ作りである。
特に、子どもの頃から「理系志向」で、理科の実験が得意だったとか、仕事は機械の設計だ、という人は、料理の経験が乏しくとも、ケーキ作りに挑戦する道がある。成功確率は高い。逆に、経験不足なのに煮物など家庭料理に挑むことはお勧めしない。
ケーキ作りはサイエンスで煮物はアートである
なぜ、理系にケーキか。科学実験に近いためである。科学実験は再現性がある。同じ素材を同じように調理すれば、同じようなものができる。ケーキの素材は、小麦粉、砂糖、卵など、規格化されている。工程は、原料の計量に始まり、ミキサーの速度設定、オーブンの温度、焼き時間など、全般にほぼ数量化できている。つまり、再現性が強い。マニュアルすなわちレシピに忠実に従えば、それなりのものが作れる。ありがたい性質である。
こうはいかないのが煮物で、マニュアルに従うだけでは、おいしく作ることは難しい。煮物の材料は、規格化しきれない「生きた」素材である。たとえば、ゴボウが細めだとか、芋の水気が多い、大根の辛味が強いといった、種々のばらつきがある。毎回何かが違うので、火加減や調味料の量などを機械的に再現しても、前回と同じものができるとは限らない。
芋やゴボウの重さを計って鍋に入れ、調味料を計量スプーンで加える料理人はいない。むしろ上手な料理人は、生きた素材に応じて、切り方や煮る時間を変えるなど、毎回微妙な加減を行う。これは計算ではなく、経験に基づく感性で行われる。味付けは、味見してしょうゆをひと回し、といった具合になる。
わかりやすく言えば、ケーキ作りはサイエンスでもできるが、煮物には職人芸、アートが必要である。アートに熟達するには、経験を要する。よく言われる「1万時間理論」が当てはまる。10年以上やって一人前、という職人芸は多くあるが、煮物もそれに加えてよかろう。
アートの場合、理由の説明が困難という特徴がある。名人が、「ここで一度、冷まして味をしみ込ませろ」と言うとき、鍋の中でどんな化学反応が起きているかなど、理解も説明もしない。理由を説明するとは、複雑な現象をより単純な原理に還元して理解することである。職人芸とは、経験則によって、複雑な現象を複雑なままに使いこなすことを言うので、必然的に簡単な理屈での説明になじまない。
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