権力者はどのような薬を処方されていたのか 主治医が明かす薬物依存と権力の闇

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ヒトラーの主治医は、「魔術師」とも「帝国注射マイスター」ともあだ名された男、テオドール・モレルだった。身長が1メートル70センチで体重が110キロ、ヒトラーが愛するアーリア人とかけはなれた容姿であっただけでなく、不潔で吐き気を催すほどの体臭を放っていたという。しかし、ヒトラーはこの男を気に入っていた。

常に「病気になどなっている暇はない」と語っていたヒトラーであるが、戦況が悪化するにつれ、次第にうつ状態になっていく。はたしてどのような病気であったのか、実際にどの薬剤がどれくらい処方されたのかについては、噂は山ほどあるけれど、よくわかっていない。

ただ、モレルが、麻薬系の薬剤や、日本ではヒロポンという名で広く使われた覚醒剤であるメタンフェタミン、ステロイドなどを処方していたことは間違いない。注射と薬の量が多すぎるのではないかと問われたモレルは「要求された量を差し上げているのです」と答えた。そうでないと、ヒトラーのような独裁者の主治医は務まらない。

モレルはヒトラーについて何も書き残さなかったが、ウィンストン・チャーチルの主治医であったモーラン卿は、チャーチルが亡くなった翌年に『チャーチル-生存の闘い』でたくさんの秘密を明らかにしている。家族以外誰も知らなかったのだが、チャーチルはうつ状態であることが多く、それが政治的な決定に影響をおよぼしたであろうという内容も曝露した。

情報操作され悲惨な一途をたどった権力者の末路

死後とはいえ、このようなことが公にされるのはいかがなものかという気がする。しかし、「英米法寄りの説明では、表現の自由と歴史的議論における公共の利益という点では、守秘義務に従わずともよい」そうだ。確かに、病気と投薬によって政治的決定が影響をうけるとなると、国民はそれを知る権利があるのかもしれない。

第二次世界大戦中のフランス・ヴィシー政権の首相であったペタンと、スペインの独裁者であったフランコの主治医は、ともに親子ほども年の差がある若さであった。二人の例は、親子のような愛情と献身的な治療が必ずしも望ましい結果をもたらさないことを示している。

モレルはヒトラーに依頼され、ベニート・ムッソリーニの主治医にザカリエを選んだ。晩年は不健康の塊であったとされるムッソリーニだが、ザカリエによる食事療法を中心とした治療方針は十分な健康をもたらしていた。ある種の情報操作がなされていたのだ。

ザカリエは、ムッソリーニにとって生涯唯一の気を許した友人でもあったが、それは二年に満たない期間でしかなかった。よく知られているように、ムッソリーニはパルチザンに捕らえられて愛人と銃殺されてしまったのだから。

ここまで5人の権力者と主治医の話でもかなりなのだが、圧巻は残る三名、ジョン・F・ケネディー、ヨシフ・スターリン、そして毛沢東である。

よく知られていることだが、ケネディーはアジソン病(副腎皮質機能低下症)であり、副腎皮質ホルモンによる治療をうけ、おそらくはその副作用による精神症状に悩まされていた。それだけでなく、背中の痛みのために鎮痛剤を常用しなければならなかったし、性病のひとつである非淋菌性尿道炎にもかかっていた。健康だと豪語していた医師団は大ウソつきである。

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