権力者はどのような薬を処方されていたのか 主治医が明かす薬物依存と権力の闇

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リチャード・ニクソン相手の大統領選挙運動に疲れたケネディーの前に、覚醒剤の一種であるアンフェタミン使いの名手であるマックス・ジェイコブソンがあらわれる。そして、選挙戦の流れを大きく変えたといわれるテレビ討論会の直前にアンフェタミンを注射した。それを機会に、ジェイコブソン、またの名を「ドクター・フィールグッド」はケネディー大統領の医師となる。

あのトルーマン・カポーティもジェイコブソンの患者で、治療をうけると「スーパーマンになったような気分」になったと書き残している。ただ、ジェイコブソンは患者にクスリの内容を伝えなかったし、当時の米国ではアンフェタミンの依存性があまり問題にはされていなかった。

核戦争の危機が極大になったキューバ侵攻の頃、ケネディーは一日に何度も注射しなければ元気を保てなかった。その薬剤がいったい何だったかはわかっていない。もし暗殺されなかったら、ケネディーのこのような状況は生前に暴露されていたのだろうか。ちなみにジェイコブソンに関するFBI資料は未公開で、入手できるのは13ページのうち4ページだけだという。

権力者を診断する医師も命がけ

迫害妄想にとらわれていて、親戚であろうが容赦なく粛正するような独裁者、ヨシフ・スターリンを診察するのは命がけだ。スターリンをパラノイア(妄想症)と診断した精神科医はその診断後24時間で怪死しているし、前任の主治医も逮捕されている。これらのことを知っていた主治医、ウラジーミル・ヴィノグラードフが慎重であったのは当然である。

『主治医だけが知る権力者: 病、ストレス、薬物依存と権力の闇』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

しかし、動脈硬化が重症になってきたために節制が必要であるとの注意勧告をおこなわざるをえなくなる。おそらくそれが、医者嫌いであったスターリンの怒りを招いたのだろう。でっちあげられた罪により投獄され拷問をうける。それぐらいで済んでよかった、殺されなくてよかったとほっとするくらいにスターリンは冷酷であった。

毛沢東はもっとすごい。清潔観念に乏しくシャワーも浴びず風呂にも入らず悪臭をふりまいていた。性病に罹っていたにもかかわらず、国中から集めた若い女性達と性行為をおこないまくった。さらには、スターリンと同じくパラノイアであった。信じられないような話だが、これらのことは、主治医であった李志綏(り しすい)によって、毛の死後に詳しく書き記されている。

この本に書かれているのは、主治医によってその病気や性癖が暴露されれば一気に失脚し、世界を混乱に陥れかねないような権力者ばかりである。我々が思っている以上に、世界というのは、権力者の病気という危ういガケの上に心許なく立っているようだ。

仲野 徹 大阪大学大学院・生命機能研究科教授

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なかの とおる / Toru Nakano

1957年、大阪市旭区千林生まれ。大阪大学医学部卒業後、内科医から研究の道へ。京都大学医学部講師などを経て、大阪大学大学院・生命機能研究科および医学系研究科教授。HONZレビュアー。専門は「いろんな細胞がどうやってできてくるのだろうか」学。著書に『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社、2017年)、『からだと病気のしくみ講義』(NHK出版、2019年)、『みんなに話したくなる感染症のはなし』(河出書房新社、2020年)などがある。

 

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