信長が激怒! 大河「豊臣兄弟!」出禁食らった前田利家の大失態

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武士の土下座
13歳で信長に仕え可愛がられた前田利家が大目玉を食らった大失態とは……(写真:tabigarasu3 / PIXTA)
天下人となる兄を支えた弟の豊臣秀長にスポットライトをあてた、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」。豊臣秀長は、豊臣政権内ではトップリーダーである秀吉と家臣たちとのよき橋渡しとなりながら、対外的には兄の代わりに有力な戦国大名たちと渡り合うこともあった。その働きぶりから「理想のナンバー2」とも評されるが、一体どんな人物だったのか。連載「秀吉を天下人にした男、豊臣秀長の実像」の第6回では、のちに豊臣政権の重鎮となる前田利家について『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』の著者・真山知幸氏が解説する。
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信長には「犬」と呼ばれて可愛がられた

江戸時代、外様でありながら百万石もの大名に上り詰めた加賀前田家。その祖とされるのが、前田利家である。NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも注目を集めることになりそうだが、どんな人物だったのか。

利家は天文7(1539)年、尾張の荒子に荒子前田家の当主である前田利春(利昌)の4男として生まれる。当時の荒子は、織田家の宿老・林秀貞の勢力下にあった。秀貞はもともと信長付きの家臣だったが、やがて信長の弟・織田信勝(一般には「信行」の名前で知られる)の擁立に動く。

それにもかかわらず、利家は天文20(1551)年頃、織田信長のほうに小姓として仕えている。利家13才、信長18才のときのことだ。

信長は青年時代に奇抜なファッションと奇異なふるまいで「うつけ(ばか者)」とされていたことで知られているが、利家もまた信長とつるみながら「うつけ」「傾奇者(かぶきもの)」と呼ばれていた。

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