家督を継いでから気が休まる日はなかった
織田信長は永禄3(1560)年の「桶狭間の戦い」で大軍の今川義元を撃破したことで、一躍、その名を全国にはせた。
日の出の勢いを得た信長が率いる織田家は、現代の会社組織で例えれば「時勢を味方につけて急成長したベンチャー企業」そのもの。一方、没落の一途をたどった今川家は「ベンチャーに倒産に追い込まれた名門企業」だ……。
そんな記事(「桶狭間の戦い敗北で転げ落ちるように没落」 大河ドラマ「豊臣兄弟!」 約230年駿河に君臨した今川家、将軍に次ぐ権勢の凄さ)を書いたところ、読者にビジネスパーソンが多い東洋経済オンラインだけあって、大きな反響があった。
だが、信長本人が記事を読んだならば「そんなに簡単なもんじゃない」と苦笑されてしまうかもしれない。「桶狭間の戦い」後から天下人への階段を急速に駆け上がった信長だったが、それまでの戦い、つまり、尾張統一までにも数々の苦難があった。


















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