小学生の一時期、万引きがやめられなくなり、中学の途中から不登校に。その後はフリースクールに行くようになり、高校にも大学にも、自動車教習所にすらも通わなかった――。
「おとなたちには、わからない。」シリーズ、今回は『不登校新聞』の編集長、石井志昂(しこう)さん(35)の登場です。
学校に通わない選択肢など考えもつかず、「学校がつらいんだ」という自分の本心にすらなかなか気づけなかったという石井さん。新学期を前に悩みを深める子どもたちが増える今、お話を聞かせてもらいました。
塾で植え付けられた“呪いの言葉”
石井さんの不登校の根っこにあるのは、中学受験でした。小学校高学年の頃、母親に勧められて塾に通い始めたのですが、これを機に親子ともども受験信仰にはまりこんでしまったのです。
「あとで聞いたところ、最初は親も軽い気持ちだったんですね。小学生の男の子が夏休み中、毎日家で遊んでいるのもなんだから、塾ぐらい行ってきなさいと。けれど塾の説明を聞いているうちに、だんだん『私立中学に行くことでしか人生が切り開かれないような気持ちになっていった』と言っていました」
塾のやり方は、なかなかにえげつないものでした。毎週テストを行い、その成績順に子どもを席に座らせる。答えを間違えたら教科書で殴る。いまでこそ塾で体罰など考えられませんが、20年前当時は、まだそんな文化も残っていたのです。
「先生がまた、すごくあおってくるんですよ。よく覚えているのは、社会科の先生がある日、教室の真ん中辺りに立って『こっち(平均以下)の人は“人生がない”と思ってください』と言った。そのとき僕はちょうど平均のぎりぎり上くらいで、『自分はまさに人生の崖っぷちにいる!』という感覚をもったんですね。
いま考えると、小学5年生に『人生がない』なんて言う大人はどうかと思うんですが、当時の僕は『これが人生なんだ。この受験に失敗することは、人生の終わりを意味するんだ』という恐怖心を、はっきりと植え付けられたんですよね」
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