そのストレスは意識にのぼることなく、行動となって表れました。万引き行為が止まらなくなったのです。
塾の日は大体、夕飯のお弁当用に小遣いを渡されていたのですが、石井さんはそのお金をいつもゲームセンターで使っていました。そのため塾の帰りは空腹になり、菓子パンを盗んだのが最初だったそう。
「たぶん、初めは罪悪感があったと思うんですけれど、そこからはまっていく過程は、ちょっと記憶にないんですよ。気づいたらリュックいっぱいに、漫画でも食べ物でも、何でも詰めて帰っている。部屋の本棚には『あしたのジョー』の豪華愛蔵版とか、子どもじゃ買えない値段のやつが、ずらっと並んだりしていました」
欲しいものを盗むのかと思っていましたが、必ずしもそうではないようです。不登校になる前に、万引きや窃盗にはまる人は意外といるそうで、石井さんがこれまで会ってきた不登校経験者のなかには、「近所の家のおじさんのサンダルを盗んでしまう」という人もいたといいます。それは確かに、欲しいものではないでしょう。
「僕もひどいときは、図書館の本を万引きして2週間後の返却期日が近くなったらこっそり返す、ということをやっていました。意味がわからないでしょ? 自分でも『何をしたいんだ、お前は』と思います(苦笑)」
これはかなり斬新です。貸出しの手続きをしないのはよくないにせよ、ちゃんと返しているし、しかも期日まで守っています。行為の目的がまるでわからないだけに、よほど追い詰められていたことは察せられるのですが、話を聞いてどうにも笑ってしまいました。
中学受験に失敗して味わった「絶望」
結局、中学受験には失敗。直前に風邪をひいて、すべての受験校に落ちてしまったのです。人生が終わった絶望感――。石井さんは苦しみました。
「もちろん自分でも挫折感はあったんですけれど、『母が悲しんでいる姿がつらかった』っていうのが、本当はいちばんだったんですよね。受験が終わったらほとんど万引きは止まっていたんですが、一度店の人に見つかって、母からすごく怒られたことがあって。そのとき『受験に失敗したからって、そんなにヤケになるな』みたいなことを母に言われました。すれ違っていますよね」
石井さんのストレスは、「母親の期待に応えたい」というプレッシャーや、その期待に応えられない悲しみから生まれていました。でも母親のほうは、自分が子どものストレス原因になっているなどとは、思いもよらなかったのでしょう。
「母も悪くはないんですが、いま思うとやっぱり、客観的には子どものほうがかわいそうですよね。逃げられない状況で、そういうプレッシャーと闘っていたわけだから」
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