今年もオールスターで「全パ」が連勝した意味

都市対抗野球が盛り上がる時期にもなった

オールスター第2戦のMVPに選ばれ、チームメートの祝福を受ける全パ・源田(左から2人目)=リブワーク藤崎台(写真:共同通信社)

皆さんこんにちは。プロ野球解説者の礒部公一です。

プロ野球はオールスター・ブレークを明けて、後半戦がスタートしています。この解説の前に、前回のコラムの続きである私の野球人生の振り返りをさせてください。

今年も都市対抗野球が7月13日に開幕し熱戦が繰り広げられています。

この連載の一覧はこちら

さかのぼること20年以上前、都市対抗野球に念願の自チームでの参戦、そして準優勝を果たした当時22歳の私でしたが、1996年の秋は、日本選手権にも出場しました。

どういうわけか、私には社会人野球出身というイメージが薄いようで、都市対抗野球と日本選手権のお話をすると驚かれることもままあります。近鉄の印象が強すぎるのでしょうか(笑)?

とはいえ、プロ野球とはまた違う社会人野球の魅力はたくさんあります。今まさに都市対抗野球に参戦しながら、ドラフト指名待ちという選手もいるでしょう。ぜひこちらも応援してください!

行きたい球団はオリックスだった

当時の私は、三菱重工広島で戦いながらもドラフト指名が現実的になってきていました。前回のコラムでお話ししたとおり、複数のチームからのお声がけがあった中、早い時期から熱心に誘っていただいていたオリックスに、特に気持ちが傾いていました。

というのも、実は日本代表合宿中、同じ社会人野球の三菱自動車岡崎で活躍されていた、谷佳知さん(現プロ野球解説者)と仲良くなったのです。

野球の話だけではなくプライベートのことなども話すほどの友人関係になった谷さんも、私と同時にオリックスからラブコールを受けていて、「じゃあ、プロになっても一緒にプレーができるね」なんていう話をしていたのもオリックスに魅力を感じていた理由のひとつだったのです。

とは言っても、谷さんは逆指名、私は3位指名予定でウェーバー指名。当年度である1996年はオリックスが優勝しており、成績下位のチームから指名権があるドラフト会議において、オリックスの3位以降の指名はパ・リーグでいちばん最後です(この年、1位・2位は谷選手を含む逆指名だったため)。近鉄からもオファーをもらっていた私が、オリックスに行けるという確約はありませんでした。

次ページドラフト会議当日までの心境の変化
ライフの人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • 仲人はミタ-婚活現場からのリアルボイス-
  • コロナ後を生き抜く
  • ぐんぐん伸びる子は何が違うのか?
  • ソロモンの時代―結婚しない人々の実像―
トレンドライブラリーAD
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
コロナ時代の勝者と敗者<br>不動産 熱狂の裏側

実体経済の悪化を尻目に、国内外から熱い視線が注がれる日本の不動産。業界の雰囲気とは対照的に、上場不動産会社の株価は軒並み軟調です。コロナ後の新常態で誰が笑い、誰が泣くのでしょうか。現場の最新情報を基に不動産市場の先行きを展望します。

東洋経済education×ICT