「松坂世代」の古木克明が引退後に追う夢

復活を遂げた松坂大輔投手に対して思うこと

元プロ野球選手で元格闘家でもある古木克明(ふるき・かつあき)氏。松坂大輔投手への思いも語った(筆者撮影)

「こらっ、集中力が足りないよ! ちゃんとバットを振りなさい!」

暖かい日差しと、心地よい海風が吹き抜ける藤沢のスポーツクラブで、大きな声が響き渡る。その厳しい言葉の中には、どこか優しさも感じられた。

そんな温かみのある低い声で子どもたちに野球を指導していたのは、1999年にドラフト1位で横浜ベイスターズに入団し、オリックス・バファローズでもプレーした左の強打者・古木克明だ。

現在は、個人事業主として野球教室やアパレル事業などを展開する「Baseball Surfer(ベースボールサーファー)」を立ち上げ、野球の楽しさを伝えるためにさまざまな活動を行っている。

以前、彼を取材する機会があり、この日はあることを聞くために再びこの地を訪れた。

オールスター戦にファン投票で選出された中日の松坂大輔投手=ナゴヤドーム(写真:共同通信社)

高校時代から世代の象徴として第一線を走り続けてきた松坂大輔が、7月13日から2日間にわたって行われる「マイナビオールスターゲーム2018」のセ・リーグ先発投手部門で39万4704票を獲得。

堂々たる1位で12年ぶりに選出されたのだ。

“夢の球宴”で登板することが決まった瞬間、筆者は、松坂に対して並々ならぬ想いを抱いていた古木のもとに駆けつけずにはいられなかった。

「松坂世代」のひとりとして甲子園を沸かせたスラッガーは、最後の一花を咲かせようとしている“平成の怪物”に今、何を思うのだろう。

引退後、第二の人生に選んだのは嫌いな「野球」事業

そもそも古木は学生時代から現在に至るまで、実に波乱万丈なキャリアを送ってきた。

高校通算52本塁打を放ち、鳴り物入りで横浜に入団したが、その長打力を発揮できず、2007年オフに交換トレードでオリックスへ移籍。新天地でもポジションを奪うことができず、2009年オフに戦力外通告を受け、ユニホームを脱いだ。

その後は総合格闘家として2年間リングに上がり、野球に再挑戦した2013年には米独立リーグのハワイ・スターズに入団。1シーズンのみながら再び選手としてプレーしたのを最後に、選手として第一線から退いた。

それから「本当にやりたいこと」を模索するために2014年、事業構想大学院大学に入学し、事業構想を学び修めた証しである事業構想修士(MPD)を取得。

同校でアスリートのセカンドキャリアを研究した末、自らの手で野球事業を立ち上げる道を選択した。

古木はプロ野球選手としては決して大成した人物ではない。むしろ現役の大半は苦しい思いを味わい、一度は野球を嫌いになった。

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