専業主婦「驚異のネットワーク」の構造的不安 意外に重要だった井戸端会議から見えること

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シンガポールではタクシーやGrab(配車システム)が安価で気軽に使え、日本のママたちに比べればめちゃくちゃ恵まれている。だが、私たちは日中、しばしば、母子だけで、世界に放り出されている。昼間のふとした苦戦の瞬間、一人ぼっちで幼い子どもたちを守らないといけない重責。そこに父親はいない。

だから、そうやって、声をかけ合うこと。手を差しのべ合うこと。駐在妻では特にそうなるが、専業主婦たちにとって、これは生きていくうえで欠かせないものになる。

別のとき、同じマンション内で、小学1年生の男の子が怪我したときのこと。その子は長男で、母親は近くにはいたが、2歳の次男と0歳の三男の世話をしていた。

長男が足を抱えて痛がる様子をみとめ、まず母親は抱っこ紐で三男をおんぶに切り替え、長男を抱っこして自宅へ向かった。後日談では彼女は「大げさに痛がってる可能性と、病院に行かないといけない可能性の両方を頭の中で考えてた」という冷静ぶりだった。

細い体で前に後ろにわが子を背負う母の強さにも驚いたが、周囲の機敏な対応にも感嘆した。次男が勝手にどこか行かないように付き添い、その家族の荷物をまとめて、持ってあげるママ友。そのママ友が付き添うことによって、目が離れてしまうその人の子どもたちを見ておくね!と動く別のママ。

私は自分の子どもたちの居場所を確保したのちに氷を届けたものの、オロオロしっぱなしで、緊急時に瞬時に役割分担を決めて動く主婦たちに正直感動した。

専業主婦の多くが過去に働いていた経験を持っている。ある日突然主婦になると、自分で稼いだお金が使えない、慣れない家事をしないといけない、子ども以外に話す人がいない……ということに苦戦もする。こうしたときに、アイデンティティを、そして孤独を救ってくれるのも「ネットワーク」だ。

お互いにその価値を認め合い、共感しあい、支えあう。専業主婦の助け合いネットワークは孤独になりがちな世界を何とか支えあっている高度な制度なのだと思う。

井戸端会議は必要か

前々回書いたように、専業主婦はおそらく未経験者が思う以上に(少なくとも未就学児がいる家庭では)結構忙しい。しかし、そうは見えない光景があるのも事実だ。

日本で自分が仕事と育児の両立に息をつく間もないような日々を送っていたとき。午前中にカフェでお茶をしている専業主婦ママたちを見て、なにを隠そう「毎日何をそんなに話すことがあるんだろう」「この人たちここでお茶してるならもう少しその時間、生産的なことしたらどうなのかな」くらいに思っていた。

なのだが、実際に情報交換の様子に首を突っ込んでみると、これはこれでもしかしたら必要なのかもしれないと思い始めた。

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