元夫との共同生活を始めると同時に、百合子さんは地元のハローワークに行った。百合子さんは、学生の頃にバイトした喫茶店の雰囲気が好きだった。漠然とだが、もっと人とかかわる仕事をしたい、そう感じていたからだ。
50歳で介護福祉士の資格を取得
中年の女性の相談員に「あなた、これからどうするの?」と聞かれ、何も考えていなかった百合子さんは、「スーパーのレジ打ちとかありますか?」と恐る恐る聞いた。すると、「何バカなこといってんの!」と語気を荒らげられた。
「『あなた母子家庭でしょ? 母子家庭だったらなおさら、東京都で応援してくれるいろんな制度があるんだから、そういうのを使いなさい』と、いろいろな制度を調べてくれたんです。それで結局、介護福祉士の資格を取るために2年間学校に通うことになったんです」
授業料や交通費は、全額免除、さらに通学期間は失業手当も出るとのことだった。百合子さんは、その制度を利用し、50歳のときに介護福祉士の資格を取った。そして、現在は、都内の介護施設で働いている。介護の仕事は楽ではないが、とてもやりがいを感じている。
「私が家を出ていた5年の間に、元夫は確かに180度変わったし、歳も取ったんだなと思いました。子供たちのために毎日料理を作ったり、家事も一人でこなしていたみたいです。それで私に対する考え方が変わったんだと思います。介護福祉士の資格を取ると言ったら、すごく賛成してくれました。仕事をし始めたら夜勤があることがわかって。
それを元夫に言うと『じゃあいつお前は家に帰ってくるんだ。もう、帰ってこなくていいよ』と苦笑いしていましたね。結婚していたときみたいに、暴れることもないし、ワーッと怒鳴ることもない。私が夜勤で夜帰ってこなくても、そんな私の生活を尊重してくれるようになったんです」
それどころか、元夫は、百合子さんの夜勤をねぎらうようになった。朝、夜勤明けに帰宅すると、ハムとチーズとトーストを準備して待っていてくれるのだという。
一番下の娘も最近巣立ち、現在は、元夫と2人きりの生活を送っている。
「とっくに離婚してるのに、まだ一緒に住んでいるなんて、外から見たら変だと思われるかもしれないですね。でも、どうしても元夫とは縁がある人なんでしょう。そこは、切れなかった。介護福祉士の資格を取ったのは、元夫を看取るというのが運命としてあるような気がするんですよ。だからといって、元夫と再婚するつもりは、ありません。結婚はもうこりごりだから」
そう言って、百合子さんは笑った。そう、男女の関係性に正解なんてないのかもしれない。
結婚、離婚なんて、紙入れ1枚――、しかし、それに縛られるからつらいのだ。
百合子さんが離婚という経験を通じて感じたこと――。それは、物事を始めるのに、何事にも遅すぎるということはないということだ。
「私みたいに結婚生活で苦しんでいた人に言いたいのは、殻は破ったほうがいいということです。専業主婦という生活を手放すのは、すごく怖いと思うんですけど、意外に世の中、どうにかなるもの。さまざまな制度もあります。私なんて、介護福祉士の資格を取ったのは、50歳なんですから」
介護福祉士という職業柄、百合子さんは、これまで、4人の利用者を夜勤の時間に看取っている。さっき歩いてトイレに行ったばかりの男性が、寝室の電気がつけっぱなしだと感じて、ベッドを確認すると、そのまま息を引き取っていたこともある。管理者やナースが心臓マッサージをするが、息を吹き返した例はこれまで見ていない。
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