42歳、元日本代表DF森岡がJ3監督で描く大志 今季の目標J2昇格、鳥取で愛されるクラブに

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左からJ2のレノファ山口FC、カマタマーレ讃岐、徳島ヴォルティス、愛媛FC、ファジアーノ岡山とJ3のガイナーレ鳥取の計6クラブで連携した企画は今年も開催される予定だ(撮影:今井康一)

「もともとガイナーレは教員チームが母体。塚野社長が2006年にクラブ化して現在まできています。その当時から財政規模が劇的に拡大したわけではないし、今は観客動員も伸びていない。ガイナーレにも熱いサポーターがいて、嬉しいことに遠いアウェーの地まで毎回来てくれる人もいますけど、米子市民が全てガイナーレを知っているかと言えば、そうではないのが現状です。鳥取市にあると考えている人もまだまだ多いと思います。そういう状況を自分がいる間に少しでも変えて、ガイナーレの緑色が目に見える形になっていくと嬉しいですよね。

清水にいた頃、ホームスタジアムの日本平(IAIスタジアム日本平、通称アイスタ)に行く途中にある近所の家には必ずエスパルスの旗が立っていましたけど、あれはすごくいい光景だったなと今も感じる。そうなるように少しでもこの町で努力したいと思っています。

簡単ではありませんが、クラブの掲げている『強小』を目指し体現していくことで、ガイナーレはもっと市民に愛されるクラブになると信じています。サッカーを通して日々の生活を楽しんでもらいたい」と森岡監督は神妙な面持ちで言う。

そうやってガイナーレで監督手腕を磨き、いつの日にかJ1や日本代表といった高いレベルの場所で指揮を執ってほしい。彼にそう期待を寄せる人も少なくないはずだ。

「自分で考えられる選手」を育成したい

「自分はまだ監督として実績が少ないので、高校時代の恩師(李国秀=現桐蔭学園監督)や、清水時代の恩師であるオジー(オズワルド・アルディレス)が言っていたことを書き出したり、京都で現役最後の頃からメモしていた内容なども思い出しミーティングや指導の参考にもしています。最初は全て真似事からのスタートでしたね。つい多くの注文をつけたくなる時もありますが、チームの方向性はしっかりと示しながらも、一番大事なのは僕らがオジーから学んできたように自分で判断する力をつけさせることだと思います。

自分がやっていたセンターバックにしても、2m近い屈強な選手は日本には滅多にいない。元イタリア代表のフランコ・バレージやアルゼンチン代表のハビエル・マスチェラーノ(中国=河北華夏)みたいに賢く駆け引きのできる選手を目指して育成していく必要があると思います、というか好みですね(笑)。

サッカー観はさまざまであれ、日本サッカー界もそろそろ『ジャパンウェイ』を明確に定める時期にきているのではないでしょうか。そのためにも次期代表監督は日本人が指揮を執るべきだと僕は考えますね」

自国開催の2002年日韓ワールドカップを経験した人間の中からそういう存在が出てくれば理想的だ。森岡にはその担い手の1人となるべく、2018年J3で大躍進を遂げてほしいものだ。

(文中敬称略)

元川 悦子 サッカージャーナリスト

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もとかわ えつこ / Etsuko Motokawa

1967年、長野県生まれ。夕刊紙記者などを経て、1994年からフリーのサッカーライターに。Jリーグ、日本代表から海外まで幅広くフォロー。著書に『U-22』(小学館)、『初めてでも楽しめる欧州サッカーの旅』『「いじらない」育て方 親とコーチが語る遠藤保仁』(ともにNHK出版)、『黄金世代』(スキージャーナル)、『僕らがサッカーボーイズだった頃』シリーズ(カンゼン)ほか。

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