「施設の新聞で字を覚えた少女」が絞り出す歌 セーラー服の歌人・鳥居に共感が集まる理由

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そして2017年、その功績をたたえるかのように、鳥居は「現代歌人協会賞」を受賞した。実は注目が集まれば集まるほど、鳥居のもとには、批判や中傷も寄せられるようになっていた。アイドルを気取るな、不幸を自慢するな、あんな奴を歌人と呼びたくない……など。しかし、そんな声を覆し、鳥居は認められたのだった。

なぜセーラー服を着ているのか

「私みたいに奇抜な格好をしている歌人を、世間や歌壇(歌人たちの社会)は受け入れないし、歌集にも誰も興味を持たないよ、っていろいろな人から言われ続けてきたんです。でも、受け入れてくださったから賞もいただけたし、世間の方も歌集を手に取ってくださったんです。この1年、絶対に無理だと言われてきたことを覆すことができましたね」

(撮影:ヒラオカスタジオ)

短歌との出会いによって、生きづらさから救われた鳥居。歌人であり、短歌を愛する彼女は、自らが巫女となって、生きづらいすべての人と短歌をつないでいく。

最後に、鳥居がセーラー服を着ている理由について。彼女は小・中学校を不登校だったにもかかわらず、中学校を卒業したことになっている。これを“形式卒業”という。実際には“小学校中退”なので、学歴と実際の学力には大きなかい離がある。もし高校に入学したとしても、授業についていけるはずがない。

義務教育から学びなおす場として「夜間中学」があるが、実は形式卒業者は入学できない。学びたい人がいるのに、学ぶ機会がないのだ。この問題は、60年もの間、解決されずにいた。

義務教育をきちんと学びなおしたい、けれど学びたくても学べない境遇の人がいることを知ってほしい。そんな願いを込めて、鳥居は2012年からセーラー服を着て活動するようになった。

「文筆業以外に、すべての人に教育が保障される制度や法律を作るため、教育問題を訴えるようになりました。セーラー服は、その活動の一環ですね」

鳥居は声を上げ続けた。取材を受けるときは必ずセーラー服を着て応じ、この問題を扱ってもらうようお願いした。ブログやSNSでも思いの丈を発信した。専門家に協力してもらい、形式卒業者の声を国会に届けてもらったりもした。そうした活動が実を結び、2015年7月、文科省は形式卒業者の夜間中学校での受け入れを求める通知を、全国の教育委員会に出したのだった。

慰めに「勉強など」と人は言う その勉強がしたかったのです

セーラー服の歌人・鳥居。その歌、言葉、活動は、現実と非現実、短歌界と社会など、あらゆる境界を越えていく。そして人々の心に訴えかけ、社会、そして世界をも変えていくのだろう。

目を伏せて空へのびゆくキリンの子 月の光はかあさんのいろ
肥沼 和之 フリーライター・ジャーナリスト

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こえぬま かずゆき / Kazuyuki Koenuma

1980年東京都生まれ。ルポルタージュや報道系の記事を主に手掛ける。著書に『究極の愛について語るときに僕たちの語ること』(青月社)、『フリーライターとして稼いでいく方法、教えます。』(実務教育出版)。東京・新宿ゴールデン街の文壇バー「月に吠える」のオーナーでもある。ライフワークは愛の研究。

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