その後、鳥居は一時的に児童相談所に保護された後、三重県の養護施設に預けられた。そこで待っていたのは虐待だった。殴る、蹴るなどの暴力は当たり前。刃物で切り付けられたこともあった。服もほぼ支給されず、真冬でも半袖半ズボンで過ごした。高熱が出たときは、「人にうつるから」と、倉庫に閉じ込められて数日間放置された。
あまりにも辛く、「私、死ぬと思う」とこぼした鳥居に対し、職員は「遺書書けば?」と言い放った。「自殺するならよそでやってね」と言う職員もいたという。
爪のないゆびを庇って耐える夜「私に眠りを、絵本の夢を」
そんな鳥居だが、唯一の楽しみがあった。それは、施設にある新聞を読むことだった。小学校にもまともに通えなかった鳥居には、わからない言葉や字がたくさんある。その度に辞書を引き、少しずつ覚えていった。
「私には漢字が絵のように見えるんですね。そこにどんな意味があるか調べるのは楽しかったです。難しい字や言葉は、新聞で覚えたようなものです」
しかし、施設での虐待はやまなかった。耐えかねた鳥居は、職員に懇願して精神病院に入院させてもらい、病院附属の中学校に入学した。そしてほとんど不登校のまま、形式だけ卒業した。
その後も、鳥居に安泰の日々は訪れなかった。三重県の実家に戻り、祖母と暮らし始めるも(祖父はすでに亡くなっていた)、鳥居のことを憎む親類から脅迫を受け、DVシェルター(DV被害者を加害者から隔離し、保護する施設)に避難した。
短歌ってなんて面白いんだろう
その施設の近くの図書館に置いてあった本が、鳥居の運命を大きく変えた。歌人・穂村弘さんの歌集『ラインマーカーズ』(小学館)だ。鳥居は初めて短歌と出会い、その面白さに衝撃を受ける。中でも、この一首を読んだ瞬間、たまらなく幸福な気持ちになった。
風邪をひいている子供が、窓ごしに外を見て、「雪だ!」と興奮したように叫ぶ。けれど、体温計をくわえているため、「ゆひら!」と聞こえる。父親は「なぁんだ、雪のことか」とツッコミを入れる――そんなほのぼのとした光景が浮かんでくる歌である。
「歌集全体がそうでしたけど、特にあの歌は『おおっ!』って思ったんですよね。洞窟でお宝を発見したような気持でした。短歌ってなんて面白いんだろう、って興奮して、シェルターの職員さんに『短歌って知ってますか? この歌すごくありませんか?』って聞いて回りました」
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