対北朝鮮政策は、「満州事変の教訓」から学べ

86年前、なぜ日本は「暴走」したのか

「我が国の総ての禍根は、しばしば述ぶるが如く、小欲に囚われていることだ。志の小さいことだ。〈中略〉朝鮮や台湾、支那、満州、またはシベリヤ、樺太等の、少しばかりの土地や、財産に目を呉れて、その保護や取り込みに汲々としておる。従って積極的に、世界大に、策動するの余裕がない。卑近の例をもって例えれば王より飛車を可愛がるヘボ将棋だ」

朝鮮、台湾、満州などは投資が先行するばかりで、リターンの少ない赤字プロジェクトだったのである。それが「日本の生命線」の経済的実態だった。湛山はそれだけでなく、当時の日本が朝鮮、台湾、満州に投資するよりも、まだ日本国内の資本を豊かにすべき段階の国であることも指摘している。

「資本は牡丹餅で、土地は重箱だ。入れる牡丹餅がなくて、重箱だけを集むるは愚であろう。牡丹餅さえ沢山出来れば、重箱は、隣家から、喜んで貸してくれよう」

つまり、満州経営は当時の日本の身の丈に合っていなかったということだ。しかし、湛山が指摘したこれらの事実に注目した日本人は少なかった。「満蒙は日本の生命線」(松岡洋右、1880~1946年)、「王道楽土」などのスローガンばかりが人口に膾炙(かいしゃ)した。戦前の日本人はファクトに目を向けず、フェイクニュースに踊らされていたのである。

満州で終戦を迎えた人々の悲劇

「しかしてその資本を豊富にする道は、ただ平和主義により、国民の全力を学問技術の研究と産業の進歩とに注ぐにある」という、石橋湛山の言葉とはまったく逆の道を戦前の日本はたどってしまった。その結果、石油やスクラップなど重要資源の輸入を止められた日本はアメリカとも開戦、第2次世界大戦へ突入し敗戦に至ることになる。

ソ連に対する緩衝地帯という狙いもあったといわれる満州国は、終戦直前にソ連が参戦するとたちまち崩壊し、開拓民をはじめとする民間人に多くの犠牲者を出した。生きて日本へ帰った人も、満州から引き揚げる途中で塗炭の苦しみを味わった。

軍人も終戦後ソ連に武装解除された部隊は、ほとんどがシベリアに送られ、極寒の地での過酷な労働によって多くの人々が死亡した。元大蔵省事務次官で衆議院議員だった相沢英之氏はシベリアに抑留され、幸いにも日本に帰って来られたひとりである。

シベリアでは最初の1年が最も死亡率が高い。死因のほとんどは栄養失調だった。同じくシベリアに抑留された元関東軍の工兵だった與田純次さんによれば、シベリア抑留の1年目に3割が栄養失調で死んだという。零下40度のシベリアでは遺体も凍る。死後硬直ではなく、遺体が凍って寝たままの状態でピーンと伸びて固まってしまうのだ。

結局、満州事変によって建国された満州国は、日本を大戦へ向かわせるきっかけとなり、国際社会に認められないまま日本の敗戦とともに消滅する。

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