プロが語る、男性不妊の「傾向」と「対策」 不妊の約半数に関わる男性不妊

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MHHはホルモンを補充する薬物治療が効果的

――MHHはどのように治療するのでしょうか。

MHHは、男性不妊では数少ない薬物治療可能な疾患です。MHHでは血中のゴナドトロピン、テストステロンの血中濃度が正常値より低値を示しています。そこで、不足しているホルモンを補うホルモン補充療法が行われます。女性に対して排卵誘発剤として使われているゴナドトロピンのFSH製剤と、LHを豊富に含むhCG製剤を週2~3回程度、注射することで高い治療効果をあげています。以前施行された臨床試験では、国内18例中16例(89%)、当科でも現在までに4例中3例(75%)で精液中に精子が出てくるようになっています。

――治療に使われるのはどのような薬剤ですか。

hCG製剤は、hCGを豊富に含んでいるヒト(妊婦)の尿から抽出した生物由来の製剤です。一方、FSH製剤は、ヒト(閉経後の女性)の尿から抽出した生物由来製剤のほかに、遺伝子操作した大腸菌や動物の細胞に分泌させて作る遺伝子組み換え(リコンビナント)製剤「r-hFSH(recombinant-human FSH)」が、国内でも臨床に使われています。遺伝子組み換え製剤は、将来、発見されるかもしれない未知の感染症についての安全性が保障され、品質的に安定しているというメリットがあります。欧米ではLHについても、遺伝子組み換え製剤のr-hLH(recombinant-human LH)が開発され、既に臨床で使われています。日本では、2006年にr-hFSH・hCGの自己皮下注射療法が保険収載され、患者は1~2カ月ごとの通院で済むようになり、より治療しやすい環境になりました。r-hFSHの自己注射は高価なのが難点ですが、2009年に下垂体機能低下症が、国の特定疾患治療研究事業の対象疾患に指定され、下垂体機能低下症の一つであるMHHの治療も、患者の自己負担額が軽減されています。

精巣内精子採取術(TESE)という方法もある

――男性不妊の治療と言っても様々なのですね。

男性不妊の原因は多様で、その治療法も様々です。精索静脈瘤に対して、瘤を形成する血管を縛る「結紮(さつ)術」では、術後、5~6割の患者で精液所見の改善が見られます。また、精管が切断されている場合は、それをつなぎ合わせる精路再建術を行います。当科では精液中に精子が出てくる率は約83%です。

治療できない無精子症に対しては、精巣から精子を造っている精細管を採り出して精子を回収する精巣内精子採取術(TESE)を行いますTESEで得られた精子は凍結保存され、奥様から採取された卵にマイクロピペットを用いて注入されます。この治療法は顕微授精(ICSI)と呼ばれます。精路再建術の場合も、精子が出るようにならない場合に備えて、同時にTESEを行うことを勧めています。TESEは、クラインフェルター症候群や脊髄損傷の患者にも行われます。

当科では、2泊3日の入院で全身麻酔による顕微鏡下の『Micro-TESE』を推奨していて、閉塞性無精子症ではほぼ100%、非閉塞性無精子症では30~40%で精子を採取できています。TESEの前には、Y染色体上のAZF領域の欠失の有無を血液検査で確認します。このY染色体微小欠失が原因の無精子症は、無精子症全体の6~8%を占めますが、欠失部位によってはTESEをしても精子を採取することができません。

――男性だけの治療では済まないこともあるのですね。

精子が出るようになっても、精液所見が悪ければ、産婦人科・不妊クリニックで人工授精、体外受精、顕微授精といったART(生殖補助医療)を受ける必要があります。子どもを得るには夫婦の協力が最重要なのです。

(撮影:今井康一)

新木 洋光 フリーライター

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新聞社勤務後、フリーランスライターに。経済誌にビジネス、IT、教育、医療、環境分野などの記事を執筆。

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