70億人が共有する「政治的思想」は存在しない なぜ正義は流行らなくなったのか

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今の時代にふさわしい新しい理念はあるのでしょうか
世の中の難問奇問も、お訊ねすれば「石火之機」でもって、あたかも質問の前に答が出てくる相談回答道の達人、ウチダ先生。今月、あなたが聞きたかったのはこんな答えだったのでは?
行き過ぎたグローバリズムに対してアンチ・グローバリズムの嵐が吹き荒れています。自由と平等、助け合いは普遍的な価値とされていたはずなのに、トランプ氏は「アメリカ第一」を掲げ、ヨーロッパでも極右勢力の台頭が著しいし、この国でも右翼的な団体の影響力が強まっているといわれて久しくもあります。いったい今の時代にふさわしい新しい理念はあるのでしょうか。アンチ・グローバリストの内田先生としてはどうお考えでしょうか?

国籍を問うことが無意味になる時代

当記事は「GQ JAPAN」(コンデナスト・ジャパン)の提供記事です

「すべての人は造物主によって平等に創造され、生命、自由、幸福追求の権利を賦与されている」というアメリカの独立宣言の理想は素晴らしいと思います。

でも、残念ながらこれはアメリカ一国内の、それも一部の国民にしか適用されませんでした。現実に、この独立宣言が掲げられた時にはまだ多くの黒人たちは奴隷の身分でしたし、彼らが「平等」を要求できるまでさらに200年の歳月を要しました(そして、今もまだ彼らは「平等」を獲得してはいません)。

内田 樹(うちだ たつる)/1950年生まれ。神戸女学院大学名誉教授。思想家、哲学者にして武道家(合気道7段)、そして随筆家。「知的怪物」と本誌スズキ編集長。合気道の道場と寺子屋を兼ねた「凱風館」を神戸で主宰する(写真: 山下亮一)

独立宣言や合衆国憲法の理想を現実化することにアメリカはまだ成功していない。それどころか、むしろ建国の理想を捨てる方向に逆走している。

ごく常識的に考えて、人類の理想とは、地上のすべての人々が、その基本的な生理的欲求を満たされ、愉快にかつ自尊感情を持って生活できることというのに尽きると思います。願っていることは誰も同じはずです。でも、その目標を達成するための道筋はそれぞれの国ごと地域ごとに違う。どの道筋を進むかはそれぞれ個別的な政治単位に委ねるしかない。そして、今のところ、国民国家という装置がその政治単位とみなされています。

次ページアイデアとしてはよくできたものだったが……
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