70億人が共有する「政治的思想」は存在しない

なぜ正義は流行らなくなったのか

なぜ、正義は流行らなくなったのか。それは正義が過剰に正義であることの害毒にあまりに無自覚だったからだと僕は思います。どのような正義も人間的な感情によって和らげられ、角を削ってまろやかなものにならなければ、正義としては実現しません。「人権」でも「平和」でも「寛容」でも「歓待」でも、その理想をかたちにするときにはやはり「惻隠の情」がおおもとになければならない。僕はそう思います。

マルクスを共産主義に向かわせたのは当時のヨーロッパの労働者たちの日々の生活の苦しみに対する彼自身の生々しい共感でした。労働者たちのあまりに悲惨で過酷な労働環境に対する「共苦」の涙がマルクスに『資本論』を書かせた。でも、どこかで革命家たちは「共苦の涙」がその理論と運動の初発の動機だったということを忘れてしまった。

政治的理想はつねに自己目的化します。万人が幸福に暮らせる社会を実現するためには、その過程でいくらかの人間が苦しんだり、死んだりすることは「正義のコスト」なんだから気にならないという倒錯が生じる。倒錯した正義ほど始末に負えないものはありません。

だから、僕はどれほど高貴な政治的理想を掲げた運動でも、生身の人間の弱さや愚かさや邪悪さに対して、ある程度の寛容さを示すことが必要だろうと思うのです。「そういうことって、あるよね」という緩さが必要だと僕は思います。

大人が子どものしりぬぐいをする

政治的理想の実現をこれまで阻んできたのは、非寛容だと僕は思います。わずかでも自分の意見に反対する人間、同調しない人間に対して理想を語る人間たちが下す激烈な断罪。それが結果的に「人間が暮らしやすい社会」の実現を遠ざけてきた。

僕は別に人間の弱さ、愚鈍さ、邪悪さを放置しろと言っているわけではありません。そうではなくて、それは処罰や禁圧の対象ではなく、教化と治癒の対象だと申し上げているのです。場合によっては、罰するよりも、抱きしめてあげることによって暴力性や攻撃性は抑制されることがある。

次ページ「子ども」の中から次の「大人」が出てくるのを待つ
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