トランプ政権の経済政策はいずれ行き詰まる 求められるのは「雇用増」より「所得増」だ

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1月20日、ワシントン各所で反トランプの抗議運動が行われ警察と衝突した(写真:REUTERS/Adrees Latif)

日本に対するトランプ米大統領の強硬なレトリックを見聞きすると、時はあたかも1980年代後半の日米貿易摩擦が激化していた頃に戻ったかのようだ。トランプ大統領は「日本との自動車貿易は不公正だ」などと日本を名指しで強く批判している。日本のほか、中国やメキシコの2カ国も貿易不均衡の相手国としてやり玉に挙げられることが多い。トランプ大統領は、自らの主な支持層である白人労働者の受けを狙い、大統領就任後もナショナリスティックな強い指導者であり続けている。

「1980年代の貿易摩擦再燃のおそれ」などと日米の先行きを心配する新聞見出しが連日登場するなか、その1980年代後半から1990年代初めの日米経済摩擦とはどんなものであったのか。この拙稿では、それを知らない若い読者も増えていると思われるので簡単に説明し、その後、トランプ政権の経済政策の根本的な矛盾を指摘したい。

ジャパンバッシングの時代

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筆者は日米経済摩擦が深刻化し、米国でジャパンバッシング(日本たたき)が吹き荒れていた1988年、川崎市代表青年研修員として、その姉妹都市の米国メリーランド州ボルティモア市に短期派遣された。

初めての米国留学。研修テーマはずばり当時ホットな話題となっていた「日米の経済問題」だった。ボルティモアは川崎と同様、港湾部に大きな工業地帯があり、鉄鋼業や造船業などに従事するブルーカラーが多く住む都市だ。治安もそんなに良くない。

海外留学初体験に意気揚々としているなか、ボルティモアに到着した翌日、市内の観光名所インナーハーバーの舗道を歩いていると、タクシーの運転手から「Get out of here!(ここから出て行け!)」といきなり大声で怒鳴られ、面食らった。えらい所に来たものだと率直に思った。今と違い、当時は日本人をはじめとするアジア系の人種はボルティモアでは少なく、運転手は私を見て日本人だと直感し、そのような罵声を浴びせたと思った。

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