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まさに「自然児」としてのびのびと育った松浦さんは高校卒業後、実家を出て山口市内の山口県立大学に進学。母親が錦町で唯一の英語塾を経営していたこともあって国際文化学部を選び、入学した年のカナダ留学を皮切りに、オーストラリア、中国、タイ、ヨーロッパと各地を巡って学生時代を過ごした。

同じ時期、もともと山口の商工会議所青年部が地元を盛り上げるために始めたよさこいに参加したところ、海外遠征に行くほど熱中。活動を続けるために「就職も山口にしよう!」と決めた。とにかく人と話すのが好きだったこともあり、ちょうど就活の時期に出合った地域情報誌『サンデー山口』の社長を頼り、その雑誌の記者になった。

26歳で地域情報誌の編集長に

この雑誌づくりの仕事が、とにかくハードだった。当時の『サンデー山口』は週5日発行で、編集部は松浦さんを含めて3人。学生時代に編集者、ライターとしての経験がないなか、取材に行き、原稿を書き、外部にも発注し、編集しながら、翌日、翌々日の企画を考える日々で、松浦さんは「超ハードで、半端じゃなかった。毎日夜遅くて、いつも泣いていました」と振り返るが、それでくじけるような性格ではなかった。

「仕事がきつくて、もういやだ! ってなったこともあったけど、開き直ったんです。取材で地域の人と触れ合えるし、普通だったら会えないような人たちの話も聞ける。それってやっぱり楽しいじゃないですか」

『サンデー山口』記者時代の松浦さん(提供:ARCHIS)

26歳のときには、社内の事情で先輩の編集者が全員退社し、編集長に就任。その頃には、あなたが編集長!? と言われても、そうです、私です! と切り返せるほどにたくましくなっていた。忙しいながらも仕事に慣れ、心に余裕もできたのだろう。同時期に仲間たちとよさこいのチームを立ち上げ、「踊る編集長」として名を馳せた。

しかし2010年の3月31日、松浦さんは結婚を機に、仕事を辞めていきなり専業主婦になる。周囲も驚くほど思い切りのよい決断だったが、記者、編集者、よさこいの踊り子として全力疾走してきた松浦さんは、すぐに物足りなさを感じるようになった。

「相手が自営業だったので、結婚して、主婦になって、事務を手伝ってという生活もまあいいだろうと思っていたんですけど、実際その生活が始まると、なんか違う気がすると思うようになりました。専業主婦も大変だと思うし、世の中のお母さんもすごいと思うんですけど、私には向いてないなと(笑)」

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