「この時計の仕組みは、マジックハンドがグワッ、グワッと動く様子を見て、ヒントを得ました。普段から目にするもの、耳にするものを無意識に時計と結び付けていて、頭の中でカチャカチャやっている。それがカチッとはまる瞬間にアイデアが降りてくるんです」
2人の予約者が待つ1800万円の腕時計
長身に作務衣を羽織った菊野昌宏は、そういうと薄く微笑んだ。穏やかな空気をまとう男の視線の先には、彼が今、製作に取り組んでいる時計「和時計・改」の原型があった。
価格は1800万円。製作期間は1本につき1年で、2人の希望者が完成を待つ。
菊野は、メーカーに属さず、自らの創造力と技術で唯一無二の時計を作り出す独立時計師だ。スイスに独立時計師協会という組織があり、厳正なる審査に合格した者だけが名乗ることを許される。世界に34人しかいないという会員数が、その狭き門を物語る。
2013年に日本人として初めて、なおかつ30歳という若さで名簿に名を連ねたのが、菊野だった。本格的に時計に触り始めたのは22歳。誰の教えも受けず、独学で時計作りを学び、わずか8年で時計職人の最高峰に登り詰めた。
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