1800万円の腕時計は、ほぼ手仕事で作られる 若き「独立時計師」が目指す"時計の極み"

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この天才肌の時計職人、意外なことに前職は自衛官だった。

「高校3年生の時、進路に悩んでいたのですが、自衛隊の広報官の方の話を聞く機会があり、武器の整備という仕事もあると聞いて、面白そうだなと感じたんです。僕は子どもの頃からレゴやミニ四駆をいじるのが大好きで、何時間でも没頭できました。銃は普通に生活をしていたら縁のないものだし、どういう仕組みになっているのか、触ってみたいなと」

地元北海道の高校を卒業した菊野は、帯広の陸上自衛隊に入隊。研修時に「銃の分解・組み立てが速かった」ことで適性が認められ、希望通り銃の整備担当になった。

しかし、自衛隊の銃器は誰にでも使えて、誰にでも管理できることが大前提で、整備に関するすべてがマニュアルに定められている。それは菊野にとって「誰にでもできる仕事」で、職人的な要素を求めていた菊野には、少し物足りなかった。

上司の腕時計を見て人生が変わった

それでも職場環境には恵まれ、同僚や先輩、後輩と過ごす日々は充実していたのだが、ささいな出来事が、菊野の人生にさざ波を起こす。

ある日、上司が「新しく買った」と時計を見せてきた。30万円もするオメガ。当時、時計にまったく興味がなく、1000円のデジタル時計をしていた菊野はその価格に驚いたこともあり、後日、本屋で時計雑誌を手に取った。そこには、未知の世界が広がっていた。

「A.ランゲ&ゾーネというドイツの時計の内部の機械の写真が載っていたんですが、まずはゼンマイで動いていることにビックリしましたね。僕は、ファミコンやGショックと同い年で、世の中が徐々にコンピュータに置き換わっていく流れの中で育ってきました。これからは、ちまちました職人技では食べていけないよという風潮だったから、こういうアナログの世界がまだ残っていたのか! という驚きと嬉しさがあったんです」

たまたま立ち読みした雑誌で時計への興味をかき立てられた菊野は、時計雑誌を読みあさるようになった。次第に自分でも時計が欲しくなり、オリスというメーカーの時計を約8万円で購入。やがて、訓練中も、就寝中もつけているほど愛着を抱くようになった。

時計のことを知れば知るほどに、精緻な構造や精巧な部品に魅了されていった
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