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――トランプ米大統領がメディアを噓つきよばわりし、新聞も本も売れなくなり、テレビも見ない人が増えていて、ネット空間のニセのニュースが話題になっています。現代のメディアの役割について、内田先生はどうお考えですか。

エルヴィス・プレスリーの偉業

内田 樹(うちだ たつる)/1950年生まれ。神戸女学院大学名誉教授。思想家、哲学者にして武道家(合気道7段)、そして随筆家。「知的怪物」と本誌スズキ編集長。合気道の道場と寺子屋を兼ねた「凱風館」を神戸で主宰する(写真: 山下亮一)

メディアの原義は「介在するもの」です。離れたものを「繋ぐ」のがその本来の機能です。でも、今のメディアは「架橋する」という役割を果たしているでしょうか。僕は疑問です。メディアは「離れたものを繋ぐ」よりむしろ「似たものを取り集めて、より均質的な集団を作り出す」ことに加担しているのではないでしょうか。

文化的架橋の1つの例を挙げてみたいと思います。

1950年代のアメリカには、カントリーとポップスとリズム&ブルースという3つのヒットチャートがありました。中でもカントリーを聴く層とリズム&ブルースを聴く層はほとんど重なりませんでした。このチャートに出てくる楽曲はまったく別のものでした。ところが、1956年に3つのチャート全部で1位になった楽曲が登場しました。エルヴィス・プレスリーの「ハートブレイク・ホテル」です。59年までの3年間にエルヴィスは「3部門1位」という偉業を5回達成しました(「3部門1位」記録を持つのは、他にはエヴァリー・ブラザーズだけです)。

エルヴィスが作り出したロックンロールという音楽の素晴らしさは、その時代のすべての「タコツボ的リスナー」たちに「これこそ自分のための音楽だ」と思わせたことにあります。

映画や文学や演劇を全て含めた上で20世紀アメリカが成し遂げた最高の文化的達成は何かと問われたら、僕は「ロックンロールの誕生」と答えます。それはロックンロールが本質的に「越境」と「架橋」の音楽だったからです。あらゆるエスニック・グループの人々がロックンロールを「自分たちのための音楽」と感じた。そのことと、その時代がアメリカの国力が絶頂を究めた「黄金時代」だったことの間には関係があると思います。

ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞しました。ディランがある社会集団の「ヴォイス」であることは間違いありません。でも、それは都市の黒人やヒスパニック系の市民たちにとっての「自分たちのヴォイス」ではない。ある世代や社会集団を代表する「ヴォイス」が存在することはよいことです。でも、年齢も性別も宗派もエスニシティも超えて、そういう分断指標そのものを無効化してしまうものこそが、その語のほんとうの意味での「メディア」ではないかと僕は思います。

「ロックンロールはメディアだった」という言い方が許されるなら、今の世界はそのような「メディア」をもう求めていないように僕には思えます。

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