「カツ(筆者)だって、お茶ばかり飲んでいる!」とまずは話をそらす作戦? でも、これはジョンのコーヒー飲みすぎとは関係ないですよね……。
「もちろん、お茶の飲みすぎもよくないかもしれないけど、だからといってジョンがコーヒーを飲みすぎていい理由にはならない」と言うと、「お茶のほうがコーヒーよりもカフェイン量が多い」としぶとく攻撃。お茶の話にしようとしたってダメダメ。
「でも、飲み物になった状態では、コーヒーのほうがカフェイン量は多いよ」と言うと、「だからといって、カツがお茶を飲みすぎていいという理由にはならない」と言う。だから、それって、今こっちが言ったことそのまま言っただけじゃん!「それの何が悪い?」と、まあこんな感じで、とにかくへ理屈はこねられるだけこねる。そして驚くほど、いろんなへ理屈が際限なく出てきたりするんですよね。
アメリカでは、小学生のうちから意見を論理的に述べて、相手を説得する訓練を徹底的にさせられているんです。ジョンは論理的というより、かなり感情的ですが(笑)。「三つ子の魂百まで」の3歳は言いすぎだとしても、子ども時代からたたき込まれたものは大人になっても忘れないものなのでしょうね。
日本人が論理的に話していないかというと、もちろん理路整然とお話をする人はたくさんいますので、一概には決めつけられませんが、アメリカ人の議論好きというか、負けず嫌いなところは、嫌というほど見てきましたので、その度に感心したり辟易したり……。日本人だったら、嫌われるレベルです。
ロジカルに考えるトレーニングが必要
でも世界の舞台でこういうアメリカ人たちと議論を交わしていくためには、自分の教え子たちにも、ロジカルに考えるトレーニングが必要なのだと痛感するのです。まずは日本語からでもいいので、日ごろからきちんと理由を考える癖をつけるように指導をしています。その効果が表れた出来事がありました。
数週間前に、長い間研修に参加してくれていた研修生のひとりが、人事異動で関西に引っ越すことになったのです。クラスのみんなで送別会をすることになって、筆者も招待されました。和風のちょっとおしゃれな飲み屋だったのですが、筆者が「今日は麦焼酎にしようかな」と言うと、幹事のサブロウさんが「どうして麦なんですか」と聞いてきたのです。「いや、なんとなくね、麦の気分で……」と言ったら、No! You have to give me at least two reasons. (ダメです! 最低でも2つは理由を挙げなさい)と絡んできたのです。「いや、これはいいでしょう」と言うと、You said to think of reasons all the time! (先生がつねに理由を考えるようにしろって言ったんじゃないですか!)ですって……。What have I done? I’ve created a monster…… (なんてことをしてしまったのでしょう。私は怪物を生みだしてしまったみたいです……)
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら