フォロワ=ただ従うだけではない
「フォロワシップとは、リーダーの言うことにただ従うことではありません。『根拠を持って従う』ことが必要です」
根拠を持って従うとは、何でもリーダーの言葉に従う”イエスマン”ではないことを意味する。例えば宇宙の現場では、フォロワは宇宙機について確実な知識や技術を持っていて、リーダーと対等に意見できることが望ましいのだという。
「その背景にあるのは、『どんなに経験がある人でも間違いを犯すことがある』という考え方です。もともとは多発した航空機事故をなくすために、コックピット(操縦席)内のパイロットたちのチームワークが重要と認識され、訓練が開発されたのです」
1970年代に相次いだ航空機事故を調査した結果、個々の能力は高くても、チームの対処能力に課題があることが浮上した。パイロット間の上下関係が厳しく、意見が言いにくい環境では「リーダーは当然わかっているはず」「こんなことを言ったら気分を害するのでは」などの伝達ミスが大惨事を招く。そこでチーム力を上げるためにNASAと航空会社が中心となりCRM(クルーリソースマネジメント)訓練を開発。クルーの人的資源(リソース)を引き出し、チームで最大のパフォーマンスを上げるための訓練であり、宇宙飛行士訓練にも導入されている。
「訓練ではチームワークが良好に働くために、上司と部下の間に『適切な権威勾配』が必要と習いました。機長が高圧的で『自分がつねに正しい』という態度では、副操縦士らが間違いに気づいても進言できません。かといって友達のように関係がフラットすぎてもダメ。緊急事態など時間制限がある状況では、機長は指示型のリーダーシップを行使しなければならないからです」
厳しすぎず、ゆるすぎない、適度な主従関係。これを古川飛行士はISSと往復するソユーズ宇宙船で経験した。ロシア人船長のセルゲイ・ヴォルコフ飛行士をフライトエンジニアとして補佐したのだ。フライトエンジニアとは万が一、船長が気絶するなど操縦不能に陥ったときに代わって操縦を行う重要なポジションで、船長と同等の技量が求められる。
宇宙船の操縦ではひとつの操作ミスが命取りになるため、重要な操作は船長とフライトエンジニアがダブルチェックしながら行う。たとえば宇宙から帰還する際、古川飛行士はISSからソユーズ宇宙船を分離するスイッチを押すという重要任務を任された。まずスイッチの位置を示しダブルチェック、押す前に再確認し船長の「ダヴァイ(打て)」という指示を得てコマンド(指令)を打つ。
逆にヴォルコフ飛行士の操作のときも、隣の席で補佐した。大気圏に突入するときは最も緊張する場面だ。エンジン噴射が1秒遅れれば帰還場所が8キロメートルもずれるし、噴射量を間違えれば地上に帰れない。秒から数分単位で緊張する操作が続いた。
「セルゲイはリーダーらしいリーダーで積極的に次々指示を出すタイプですが、権威を振りかざして威張ったりせず、メンバーが発言しやすい環境を作ってくれました。だから通常と違う兆候を見つけた時は迷わず伝えました」(古川)。古川のフォローもあり、ソユーズ宇宙船はスムーズな着陸に成功した。
フライトエンジニアはロシア人宇宙飛行士でも資格を得ることが難しいとされる。だが古川はもともと医師であり、訓練を開始した頃は用語や概念がまったく理解できなかったという。米国やロシアという「宇宙大国」で技術用語が飛び交う中、「間違いを指摘する」のは簡単なことではなかった。
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