ただ、これを実施するならば、実務的に極めて難度の高い作業が待ち受けている。まず、企業が輸出売り上げと輸入仕入れを区別して経理しなければならない。特に、この原則を厳格に適用すると、金融業は外国人から預かった資産を区別して経理しなければならない。これは大変な作業である。この税制改革が不利になる産業からは、早くも反対の声が上がっている。付加価値税ならインボイス(税額票)があればどの仕入れが輸入品かはわかるし、輸出する際には税務当局に還付申告をすればよいだけだから、国境税調整はまだ容易である。
さらに、法人税という形のまま仕向地主義を導入すると、WTO協定違反になりかねない。WTO協定は直接税の制度で輸出と輸入を差別的に扱うことを禁じている。付加価値税という間接税でなら認めているが、法人税は直接税であるため、国境税調整を露骨に行うとWTO協定違反のおそれがある。
米国企業だけが法人税を課せられなくなるのか
この税制改革がもし実施された場合、日本企業に与える影響はどうか。日本からの輸入は、米国で国境税調整が行われて課税対象となることから、日本の輸出企業にとって不利だとする見方がある。しかし、それは本筋からずれている。
もっと重要なことは、日本では法人税(源泉地主義・法人所得課税)が残ったままなのに、米国で法人税がなくなること(法人税の事実上の付加価値税化)である。これこそが、日本企業が不利になる真因である。
日本から付加価値税のある国に輸出する分には、前述のように、決して不利にならない。日本企業の輸出で、日本の消費税が輸出還付されることも、米国でどんな税制改革が行われようと変わらない。しかし、日本で生じた法人所得には日本の法人税がかかる。他方、米国が源泉地主義・法人所得課税をやめて仕向地主義キャッシュフロー法人税を導入すれば、米国企業は法人所得に課税されることはなく、付加価値税に似た税を課されるだけとなる。日本企業が米国に輸出した商品にも、米国で付加価値税に似た税を課税されることになるから、日本企業が日本で払った法人税の分だけ、日本企業が不利になる。ここが問題の本質である。
そうなれば日本企業は損ばかり、と思いきや、経済学的に考えると意外なオチがあるかもしれない。もし短期的に、日本から米国への輸出が不利になって減り、米国から日本への輸出が増えた場合、米国の対日貿易赤字は減って、円安ドル高になる。円安ドル高になれば、日本からの輸出は(前述の税制改革があっても)有利になって、中長期的に見ると日本の輸出企業は息を吹き返すかもしれない。米国第一主義を掲げ、国境税調整を行って米国企業を復活させたと思いきや、ドル高を誘発するという可能性も、否定はできない。
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら