メイ首相の「EU完全離脱」シナリオが恐ろしい

「経済音痴」による主張は危うすぎる

3月末までに離脱交渉と新たな貿易協定交渉を開始して、その2年後までに手続きを完了させる、とのメイ首相のスケジュールも非現実的だ。

EUは交渉開始前に離婚の条件を定めるよう主張しているが、英国にいるEU各国の国民と、EU域内にいる英国民の取り扱いをめぐる議論が紛糾する可能性がある。また、EUは「離婚慰謝料」として、未払い負債600億ユーロ(約7兆3500億円)の支払いを英国に求めている。

メイ首相が仮に交渉開始にこぎつけたとしても、多くの部門にまたがる貿易協定を2年以内に妥結して批准するなど不可能だ。たとえば、カナダEU包括的経済貿易協定(CETA)は、ベルギーのワロン地域議会の説得に手間取り、締結までに7年を要した。

貿易協定は最終決定の前に「段階的実施」するわけにはいかない。このため、EUへの輸出を行っている英国の自動車会社や金融機関などの企業は、メイ首相が避けたいと考えている「崖っぷち」に、今から備えなければならない。

民意の点からすると、メイ首相にはハードなEU離脱を行う義務はない。英国民投票でEU離脱に投票した52%の人々の多くは欧州単一市場への残留を望んでいる。首相はEU離脱に向けた最終案を議会で採決にかけると約束しているが、同案が否決されたとしても、離脱の方針自体は変わらない。

トランプ政権の出方には要注意

これでは民主主義が嘲笑されているに等しい。そして、トランプ米大統領が貿易戦争を開始するとともに、失地回復を目指すロシアのプーチン大統領に欧州を委ねる構えを見せていることからすれば、英国がいま、孤立を貫くのは特に危険だ。

メイ首相は、EU離脱によって英国は非EU諸国と有利な貿易協定を結べると主張し、トランプ米政権と迅速な合意ができると期待している。

だが、英国がこうした絶望的な立場にあることから、仮にヒラリー・クリントン氏が政権を担っていたとしても、米国は自国の産業保護のために厳しい姿勢を示しただろう。たとえば、米国の製薬会社は、財源不足に悩む英国の国民健康保険制度による医薬品への支払い増額を求めている。

トランプ政権はさらに厳しい交渉を展開するだろう。中国やドイツ同様、英国の対米貿易収支は大幅な黒字であり、トランプ氏はそうした「不公平な」貿易赤字を解消すると公約している。メイ首相はこうした点に注意を払わなければならない。

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