東京の進学校「海城」が学ばせる究極の対応力 即興演劇の授業は何を狙いとしているのか

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「ナレーションは、観客に届けようという気持ちで、もっと元気に大きな声で読んだほうがいい」

独創的な発想は大歓迎だが、観客に伝わらないようなひとりよがりな表現ではダメ。上記のようなアドバイスを受け改善し、(A)(B)(C)の3つのパーツを組み合わせていよいよ1つの演劇に仕上げる。ただしそのための時間も10分程度しかない。さあ、いよいよ発表だ。

まさに社会の縮図が

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ほどんどのグループが最後まで演じきったなか、一部、演技がグダグダになってしまったグループがあった。そのグループでは、2週目のインタビューの時点から、1人の生徒がリーダー格としてグループのメンバーに指示を与えるようになっていた。劇中もリーダーがメンバーに小声で指示を出す。

メンバーが自発的に自分の役割を演じきったグループと、メンバーが受け身の姿勢になってしまったグループとでは、明らかにアウトプットの質が違ったのだ。まさに社会の縮図である。

「『三人寄れば文殊の知恵』とはいいますが、まったく同じ価値観をもつ人が3人集まっても新しい知恵は生まれません。違う価値観をもっている人が3人集まるからこそ、化学反応が起こり、新しいアイデアや豊かな表現が生まれます。もちろんそれは大変なことで、価値観が似ているメンバーを集めるほうが、話をまとめるのには楽なのですが、これからの社会においては多様性を生かす力が大切になってくるはずです。そんなことを生徒たちは少しずつ学んでいくんだと思います」(中村教諭)

私が何より感心したのは、ほんの数分の準備だけでいきなり演じることを無茶ぶりされても、ほとんどの生徒が「とりあえずやってみよう」という心意気で、演劇にチャレンジしていたことだ。やりながらメンバー間で相補的に調整する機能が働いた。ほとんど自然に。この体験は貴重だ。

生徒たちが今後、想定外ばかりが生じる先行き不透明な世の中に生きていくのなら、「準備万端」などということはありえない。そんな状況下では、「とりあえず、やってみる」「やりながら調整する」、そういう姿勢がますます重要になってくるだろう。

最初から役割分担が明確にできる仕事は、プロジェクトの中の「部品」にすぎない。将来的にはきっと人工知能に任せられる。そうではない人間的な力こそが自分たちの中に備わっていることに、生徒たちは気付いたはずだ。

おおたとしまさ 教育ジャーナリスト

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Toshimasa Ota

「子どもが“パパ〜!”っていつでも抱きついてくれる期間なんてほんの数年。今、子どもと一緒にいられなかったら一生後悔する」と株式会社リクルートを脱サラ。育児・教育をテーマに執筆・講演活動を行う。著書は『名門校とは何か?』『ルポ 塾歴社会』など80冊以上。著書一覧はこちら

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