【現地緊急レポート】巨額損失に惑わされるな! 米国景気はそんなに弱くない?
2007年8月に始まった金融市場の危機は「大恐慌以来最大の金融ショック」へと発展し、金融システムの根幹をなす市場や組織に大きな打撃を与えている--。これは人騒がせな投資家向けニューズレターではなく、国際通貨基金(IMF)が4月に発表した世界経済見通しだ。このような悲観的な見方はIMFに限らない。グリーンスパン米連邦準備制度理事会(FRB)前議長も「第2次世界大戦後、最も厳しい危機」と表現している。
IMFの見方によれば、米国の住宅市場関連証券の損失と、商業用不動産、消費者信用市場、企業の損失を合計すると、GDPの約7%に当たる9450億ドルにも達する可能性がある。この数値は米国外での損失は含んでいない。IMFはさらに「米国のサブプライム住宅ローン市場やその他の部門に関連する構造的な信用が大きく傷ついたことによって、金融システムの資本が大きく損なわれ、現在の信用収縮が本格的なクレジットクランチ(信用逼迫)へと変容しかねない」と続けている。
しかし、4月のIMF報告のわずか1カ月後、リスク資産の金利は下がり、信用危機は消えた。現在では、米国が深刻な景気後退に陥ると考えるエコノミストは決して多くはない。4月のウォールストリート・ジャーナル(WSJ)紙の調査によれば、主要なエコノミスト55人の7割が米国は景気後退に陥ると予想していた。しかし、5月の同調査では、この見方をとるエコノミストは6割に減った。グリーンスパン氏も「軽度の景気後退」へと表現を改めた。
景気への見方はなぜこのように劇的に変わったのか。その理由は、もともと米国経済はIMFやグリーンスパン氏が言うほど悪くなかったからだ。そして米国全体というよりは、むしろウォール街周辺だけがパニックに陥っていたようだ。
今回の景気後退は80年代よりも軽い
IMFが予想した巨額の損失は、銀行が住宅その他の資産に担保権を行使したとしても1ドルたりとも回収できないことを前提とした数値だ。経済協力開発機構(OECD)が過去の経験を基準にして算定したところ、金融機関は約40%を回収し、損失は約4200億ドル、つまりGDPの約3%にとどまるという。このGDPの約3%というのは、1990年代初めの貯蓄貸付組合(S&L)危機による損失がGDPの2・5%であったのを少し上回るにすぎない。ちなみに、S&L危機は、連邦預金保険公社(FDIC)の言葉を借りれば「大恐慌以来最大規模の米国金融機関の破綻」であったが、90~91年の景気後退は第2次大戦後の景気後退の中では、軽度な部類に属するものだった。
本格的なクレジットクランチ、つまり銀行や資本市場が信用力の高い企業や個人に対してさえ十分な信用を供与できない状態に陥ると、住宅ローン危機に端を発する米国の現在の景気後退はさらに悪化しかねない。スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)のデビット・ワイス・チーフエコノミストは「今回の住宅ローン危機は年間の成長率をわずか1%下落させるにすぎないが、もしクレジットクランチが本格的に進展すれば事態はさらに深刻化しかねない」と推定する。IMFもOECDもともに、クレジットクランチが本格化すればGDPの成長率をさらに1・5%押し下げ、クランチが長期化すればもっと押し上げることになるだろうと推定している。
つまり景気の行方はクレジットクランチに陥るかどうかで決まる。ノーベル賞経済学者のジョセフ・スティグリッツ氏は、米国は1930年代以降最悪の景気後退に陥ると予測している。もしそうなれば、失業率が11%にも達した80~82年の景気減速期よりも事態は深刻化する。
では、今回の事態は30年代以降の米国で起こった最も深刻な金融ショックなのだろうか。「それは完全な間違いだ。まったくナンセンスである」と、かつてIMFで調査局長を務め、現在はピーターソン国際経済研究所に籍を置くマイケル・ムーサ氏は言う。悲観的な見方をするIMFでさえ、GDPの成長率を今年は0・5%、来年は0・6%と予測している。そうすると、70年代中ごろ、または80年代初めの景気後退よりも、ずっと軽度だということになる(図1)。