【現地緊急レポート】巨額損失に惑わされるな! 米国景気はそんなに弱くない?

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縮小


悲観的な見方はウォール街だけ

社債についてはどうだろうか。ハイリスク・ハイリターンのジャンクボンドの発行は確かに縮小しているが、投資適格に格付けされた企業は、ほとんど支障を来すことなく社債を発行できている。今のところ、投資適格債の全体の発行量は、これまでと同水準で推移している。

そうとするなら、深刻な景気後退を引き起こしかねないクレジットクランチがしきりに言われているのはどうしてだろうか。それは「ウォール街の見方だ」と、S&Pのワイス氏は言う。01年のクリスマス商戦について、ウォール街では多くの人々が同時多発テロの影響を理由に落ち込みを予測していたのに対して、ニューヨーク以外に在住するエコノミストはもっと強気で、そして正確な見方をしていた。今日、ウォール街は大きな損失に見舞われ、大儲けできるビジネスの多くが低迷していることから、ウォール街のエコノミストたちは自らの悲観的な気分を経済全般に投影しているのだという。

どんな景気後退でも、クレジットクランチの兆候は現れる。銀行与信の量は景気後退の深刻度合いに応じて変動する(図5)。しかしそれは主に、景気後退期には企業が事業拡大のための設備投資を先送りし、消費者が高額商品の購入を見送るからだ。つまり、信用に対する「需要」が減少するので、貸し付けの量が減速するのだ。


 これとは対照的に、クレジットクランチとは、需要よりも信用の「供給」が下落する場合を指す。損失によって資本が減少し、身動きできなくなった金融機関は、信用力の高い顧客が求める融資についても、そのすべてに応じることはできなくなる。そこで、企業は自らが意図する以上に投資を削減せざるをえなくなり、消費者は自らが思う以上に高額商品の購入を手控えざるをえなくなる。その結果、信用量は、通常の景気後退期よりもずっと大幅に減速または下落する。そうすると、信用の低迷が景気を悪化させ、それが今度はクレジットクランチを悪化させるという悪循環に陥る。

これは、日本の「失われた10年」で実際に起こった。また、90~91年の米国のS&L危機でも、限定的ながら同様のことが起こった。たとえば、今回の住宅ローン危機について、もし銀行が損失を補填するために新たな資本を調達するか、または配当を削減することができなければ、銀行は与信残高を5%圧縮しなければならなくなる、というのがOECDの見方である。

通常の景気後退期においては、銀行が貸し付け基準を引き締めるため、信用力の低い企業が借り入れを行う場合に優良企業よりも多く支払わなければならない金利プレミアムが拡大する。景気後退期においては、規模の小さい企業の返済能力が低下する可能性が高まるからだ。

住宅価格の下落はまだ続いているが…

もっとも、銀行は好況時においても不況時においても行き過ぎを犯すことが多い。好況期には書類審査を省略したサブプライム(信用力の低い個人向け)ローンの場合のように過度に緩和し、不況期には過度に厳格化する。したがってクレジットクランチが生じると、リスクプレミアムが通常の景気後退期よりもさらに上昇するだろう。たとえば、もし3月17日のベアー・スターンズの救済以前にスプレッドが拡大していたとしたら、それはクレジットクランチが近づいていることの一つの兆しだという見方ができる。

しかし図5からは、少なくとも08年度第1四半期において信用の拡大に減速は見られない。当局がクレジットクランチに言及し始めてから8カ月経った今も、信用量、リスクプレミアムのいずれから見ても、クレジットクランチを裏付ける証拠はないのだ。

だが、景気後退が深刻化するリスクは小さいとしても、景気回復のペースが遅く長期化する懸念は残る。住宅ローン問題はまだ底を打っていない。S&Pケース・シラー住宅価格指数の共同開発者であるエール大学のロバート・シラー教授は「住宅価格が、30年代の歴史的な大恐慌時に経験した30%という下落幅を超えて下落する可能性は高い」と明言する。同氏によると住宅価格は、06年のピークからすでに15%下落している。3月には、住宅着工件数が91年以降の最低水準まで下落した。WSJ紙の調査では、住宅価格が底を打つのは09年に入ってからという予測がほとんどだった。逆に、2010年まで下落が続くという見方をしたのはわずか6%だった。

報道されている数値を見るかぎりでは、銀行のバランスシートは、融資能力がひどく損なわれるほど、非常に大きな打撃を受けたことがうかがえる。07年から今までのところ、商業銀行および投資銀行は、3000億ドルという巨額の評価損を計上した。この数値は、S&L危機の際の最終的な評価損である1500億ドルの2倍に相当する。

ところが、ヤルデニ研究所のエドワード・ヤルデニ所長は、この3000億ドルの大半は、新たな会計基準の下での証券化資産の時価減損に由来する、と指摘する。たとえば、銀行が住宅ローン担保証券を保有していて、その市場での売却価値が下落すれば、銀行は、たとえ借り手が期限を守って返済を行っていたとしても、帳簿上評価損を計上しなければならない。

こうなると悪循環に陥る。住宅価格が低下すると、住宅ローン担保証券の価値が低下する。それが今度は、そのような資産の金利プレミアムの上昇を引き起こす。金利が上昇すると、証券の価値が自動的に低下する。そうすると、銀行はさらなる償却を余儀なくされ、それが市場に一層の不安を引き起こし、金利プレミアムがさらに上昇する。

それでも、信用不安が後退し、利回りが正常に戻るにつれて、このプロセスは反転し、銀行の被る損失は現在の評価損よりもずっと小さいものに落ち着くことになる。80~82年の景気後退時には、この会計基準の適用はなかった。したがって、「今回の危機全体が、会計士や規制当局によって作り出されたものであることは明らかだ」とヤルデニ氏は言う。だが、リーマン・ブラザーズのイーサン・ハリス・チーフエコノミストは「3月17日のベアー・スターンズの救済以降、リスクプレミアムの上昇が止まり、この悪循環は終わった」と述べている。

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