ドーナツ屋が警官にコーヒーを配る深い理由 「つい、したくなる仕掛け」はこうつくる

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そのようなお客様が損をするようなアプローチではなく、つい行動したくなるように行動をいざなうのが仕掛けによるアプローチです。

「ついしたくなる」はこうしてつくる

ショッピングカートやコーヒーの提供といった仕掛けのアイデアは、どのようにして作られるのでしょうか。非常にクリエーティブでとても自分にはできないと思われるかもしれません。

しかし、仕掛けの背後に何か法則があるのであれば、仕掛けのアイデアを発想する手がかりになるかもしれませんよね。

現場に生き残っている仕掛けのアイデアは偶然残っているのではなく、必ず何かしらの理由があります。その理由を探っていくことで仕掛けの法則が見えてきます。

筆者は仕掛けの原理を体系的にまとめた「仕掛学」という研究分野を提唱しています。そこでは、仕掛けの定義を以下の3つの要件からなるFAD要件としてまとめています。

1.公平性(Fairness)

2.誘引性(Attractiveness)

3.目的の二重性(Duality of purpose)

1の公平性は、誰も不利益を被らないことです。

売上ランキングのPOPを操作するなど、商品の価値を操作して不要なものを売りつけるのは、1の公平性に反するので仕掛けとは呼びません。

2の誘引性は、つい行動したくなるように行動がいざなわれることです。

ショッピングカートのパーティションが空いているとつい埋めたくなる、コーヒーの香りについ引き寄せられてしまうようなことです。自発的に行動したくなるようなきっかけを環境に埋め込むところがポイントになります。

最後の3の目的の二重性は、仕掛けの対象者側(たとえばお店のお客様)と仕掛けを設置する側(たとえばお店の店長)とで目的が違っていることです。

カルディの例だと、お客様にとってはコーヒー片手にゆっくり見て回ることが目的であり、お店側にとってはゆっくり見て回ってもらって滞在時間を長くすることが目的です。ダンキンドーナツの例では、警官にとっては無料、もしくは安価にコーヒーを飲むことが目的であり、お店側にとっては警官に立ち寄ってもらうことで、お客様に安心感を与えることが目的です。

このように双方の目的は違っているけれど、それが同じ行動で実現されるような場合、「目的の二重性」が果たされていると言えます。巧みに双方の目的をズラすことで、お互いにとって利益があるような状況を作り出すことが可能になります。

これが仕掛けの仕掛けたる所以です。

いかがでしたか。「仕掛け」がどのようなものかがなんとなく伝わりましたでしょうか。

仕掛けは大変奥が深く、まだまだわからないことだらけですが、そこが楽しくて日々仕掛けについて考えを巡らしています。

今回はスーパーマーケットやお店を対象とした仕掛けの事例を紹介しましたが、仕掛けが対象とする場所はそこに限りません。私たちの普段の生活空間すべてが仕掛けの対象になりますし、私たちは気づかないだけで、さまざまな仕掛けに囲まれて日々暮らしています。

自分の何気ない行動を客観的に眺めてみると、誰かが仕掛けた仕掛けが見つかるかもしれません。

松村 真宏 大阪大学大学院経済学研究科教授

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まつむら なおひろ / Naohiro Matsumura

大阪大学大学院経済学研究科教授。1975年大阪生まれ。大阪大学基礎工学部卒業。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(工学)。2004年より大阪大学大学院経済学研究科講師、2007年より同大学院准教授を経て現在に至る。2004年イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校客員研究員、2012~2013年スタンフォード大学客員研究員。趣味は娘たちを応援することと、猫のひじきと遊ぶこと(遊んでもらうこと)。

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